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・【02 裕子さんの家】
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放課後、一旦家へ料理の入っている鍋を取りに戻った僕を、近くで待っていた真澄と裕子さんで、裕子さんの家へ来た。
「私、スポーツ推薦で高校に入ったから、一人暮らしなんだ」
そう言って裕子さんはアパートの一室に僕と真澄を招き入れた。
ただそう言った後、すぐに裕子さんが、
「あっ、ゴメンなさい……」
と申し訳なさそうに謝った。
多分真澄のことを気遣ったんだと思う。
でも当の真澄は全く気にする様子もなく、
「部屋綺麗だな! 良い匂いもする! ほら! 佐助も早く中に入れよ! 奥だぞ! 奥!」
奥と言われてつい、奥のほうを見ると、いかにも女子らしい部屋が広がっていた。
花柄のカーテンに、ハート型のクッション。
化粧スペースなどもしっかり作られている。
でも一人暮らしには似つかわしくないような、小さい男の子用のオモチャみたいなのが置いてある一角もあった。
いやそんな人んちの描写なんてどうでも良くて、まず真澄にツッコまなければ。
「奥にお花畑が、じゃぁないんだよ。そんな本人がまだ玄関口にいるのに、ガツガツ入っていくなよ」
と、僕がスポーツ推薦に触れるのも違うので、そんな話題はすぐ消えてしまいますようにと願いながら、真澄のほうをツッコんだ。
まだ申し訳なさそうに俯いている裕子さんへ僕は、
「では台所を借りますね」
と言うと、顔を上げた裕子さんが、
「はい、どうぞ……」
と元気無さそうに言ったので、僕は裕子さんに耳打ちをすることにした。
「真澄はスポーツ推薦と言われても何も気にしないし、むしろ感じません。大丈夫です」
そう言って最後に大丈夫の念押しのため微笑むと、裕子さんも普段の状態に戻ったようだった。
僕は持ってきた鍋を台所のコンロの上に置き、温め始め、
「この鍋は昨日仕込みをしていた魚介のシチューです」
それに対してすぐさま言葉を発したのは真澄だった。
「それはいいな! ちょうど魚介のテンションだった! 海行きてぇ!」
いや、
「魚介で海と言い出したらズレている証拠なんだって、どちらかというと主語はシチューだし」
みたいなツッコミをすると裕子さんが笑いながら、
「本当に佐助くんと真澄ちゃんの会話って漫才みたいだね」
すると真澄が僕のほうを見ながら、
「探偵で有名になりつつ、漫才師か、忙しい未来だな!」
「いや料理人をやるんだよ、真澄の趣味でいっぱいの未来じゃぁないんだよ」
「でも始めれば得る! 何事も始めなきゃ始まらないぞ!」
「始めたくないんだよ、漫才も探偵も。料理人オンリーでやらせて頂いているんだよ、こっちは」
と言うと裕子さんが、
「あっ、私はそうなったらいいなと思って言ったわけじゃないよっ、佐助くんの好きな道に進めばいいんだよっ」
何か裕子さんに気を遣わせてしまった。
全く、変なことを言い続ける真澄のせいだ。
まあいいや。
「魚介のシチューはそろそろ暖まるので、こちらも人肌程度に温めさせて頂きます」
と、もう一個のコンロに鍋を借りて、乾燥したハーブティーのバッグと水を入れて温め始めた。
「ハーブティーは心が落ち着くレモンバームをベースに、パッションフラワーを配合して不安をかき消すような成分にしています」
裕子さんは手を優しく合わせて、
「そんなことまで考えてくれてっ、ありがとう、佐助くん」
「どちらのハーブも注意点が特に知られていないハーブなので、安心してお飲み下さい」
そう言って、また、裕子さんに器の指示を仰ぎながら、盛り付けていった。
盛り付けた料理をテーブルに乗せて、
「まずは一旦落ち着きましょう」
と料理を振る舞うことにした。
裕子さんも真澄も僕も席に着き、魚介のシチューとハーブティー、そして道中で買っていたフランスパンをカットして、皿に乗せた。
魚介のシチューはアサリをベースにクラムチャウダー風に仕上げている。
人参やタマネギ、煮ると甘くなる野菜をメインに、ジャガイモも入れる多少なりにボリューミーに。
またジャガイモは溶けだすことにより、シチュー全体にとろみが付き、味が馴染みやすくなる。
大きめにカットした鮭は身崩れしないようにかき混ぜたので、存在感がある。
色合い的にも橙色の身は白いカラーに映える。
そのほか、見た目では分からないところだが、ハーブも隠し味程度に入れている。
湯気が薄っすら昇る程度に温めた。別に寒いところからやって来たわけじゃないし。今は七月の初旬だし。
温めすぎると単純に食べづらいので、人の口の中の温度より少し温かいくらいが味わいやすい。
ちゃんと温めないと油分が固まっているので、それを溶かすくらいの熱でいい。
そのおかげで香りも立ち上り、牛乳のクリーミーで芳醇な優しさがあたりを包み込んでいた。
「いただきまぁす!」
ドデカい声を上げた真澄に裕子さんが驚きつつも、裕子さんも「いただきます」と上品に言って、僕も食べ始めた。
「うまい! この魚介のシチュー! 香りがたまらん!」
いやそもそも真澄が最初に口につけるなよ、と思いつつも、真澄にそれを注意したことは一度や二度じゃないので、もうあんまり気にしていない。
気にしてもしょうがないと思って諦めているだけだけども。
真澄はモグモグと豪快に咀嚼し、すぐにまた次の言葉を吐く。
「ハーブティーのレモンバームの香りに呼応するように、シチューにもレモンバームを入れてるな! これぇっ! 爽やかな香りが食欲をそそるぅ!」
「違うよ、真澄。シチューのほうはレモングラスだ。ちなみにこちらも気分をリフレッシュさせる効果があるんだ。それはまあ偶然だけどね」
裕子さんは優しく頷きながら、
「本当においしい料理をありがとうございます。鮭やアサリは臭みが一切無くて、磯の美味しい香りだけして、まろやかな乳製品のコクが口いっぱいに広がって幸せです。野菜も甘くて美味しいです」
「いえいえ、そう言って下さってこちらこそ有難いです」
僕と裕子さんがそんな会話をしていると、キョロキョロ部屋を見渡す真澄。
いや、
「人の部屋をあんまり見渡すなって、異世界との邂逅じゃぁないんだよ」
それに対して真澄は急に立ち上がり、テーブルから離れて、あるモノを掴みながらこう言った。
「シチューやハーブティーを飲んで落ち着いたからさ! この部屋に入った時に感じた違和感の正体を見つけたんだよ!」
いや、
「落ち着いたのならば落ち着いたまま席に着いていなよ、食べ物食べている時に動き回ることは良くないから」
と僕がツッコんだものの、違和感って何だろうと思ったので、
「違和感ってなんだい、真澄」
僕が真澄のほうを振り向きながら言うと、真澄は叫んだ。
「ほら! 女子の可愛い部屋には合わないカッコイイ剣と盾!」
真澄が手に掴んでいるモノを見ると、大きめのフィギュアが持つくらいのサイズの剣と盾があった。
形はある程度は綺麗だけども、色の塗りは本当に雑で、素人が作ったモノだと一目で分かった。
「裕子さん、あれは何ですか?」
「あぁ、それはですね、前に親戚の子が来た時に作っていった紙粘土の剣と盾です。紙粘土って焼くと固まるので、ああやってオモチャみたいになるんですよ」
それに対して僕は、
「親戚の子が来るんですね」
と言うと、裕子さんが、
「あぁ、そうですね、その子はよく来ていて馴染み過ぎていたので、来ること言うの忘れていましたっ」
すると真澄が大きな声で、
「でも! それを残しているということは裕子もカッコイイと思っているんだな!」
「ううん、違うの、真澄ちゃん。親戚の子は本当に良くうちへ遊びに来るから、次遊ぶ時用に置いているだけなの」
「じゃあもらったらダメなのかー!」
そう言いながら自分でおでこを叩いた真澄。
いやあんな剣と盾を女子高校生が欲しがるなよ。
絶対あれ作った親戚の子って小学生くらいだろ。
「真澄、人の家のモノを欲しがるな。失礼な後輩が物色のためにやって来たんじゃぁないんだよ」
「でもアタシは欲しがることを止めない! 何でも欲しがってやる!」
「大成を成す人間の逸話じゃぁないんだよ、大成を成さなきゃ本当にただただダメなヤツだからね」
「大成は成すから安心しろ! さがしもの探偵の助手としてな!」
「だから、さがしもの探偵なんて将来的にやっていくモノじゃないんだって」
と僕が言うと、真澄は剣と盾を持ったまま、またテーブルに戻ってきたので、
「いや剣と盾を元あった位置に置いてきなよ」
「眺めるだけ! 眺めるだけだから!」
そう言って剣と盾を眺めながら、シチューをモグモグ食べ始めた。
いやそんな眺めながら食べるんじゃないよ、物欲しそうを極める人じゃぁないんだよ。
そんな真澄の行動に微笑んだ裕子さんが、
「本当に真澄ちゃんって自由で面白いね」
「だろう!」
そう言ってニカッと笑った真澄。
いや半分嫌味の可能性だってあるのにな。
まあ裕子さんはそういう感じの人じゃないけども、気を付けろよ、全く。
食事も一段落して、僕はみんなの皿を洗い始めると、裕子さんが、
「牛乳のクリーミーさで少し落ち着きました。改めてありがとうございます」
と言って一礼したので、
「いえいえ、食べて頂けたことが嬉しいですよ」
と答えていると、真澄が剣と盾を両手にそれぞれ持って、何か仮想の相手と戦いだした。
いや、
「シャドーボクシングの要領でするグラディエーターじゃぁないんだよ」
「せめて! せめて今日楽しむ! この武器を!」
「まず使っていいの許可も取れていないんだよ」
「あっ! 裕子! 使っていいかっ?」
それに対して裕子さんが、
「私はいいけども、タケルくん、あっ、親戚の子の名前なんですけども、タケルくんがOK出すかどうか分からないよ」
と言うと、その場で肩を落とし、シュンとした真澄。
真澄はゆっくり元あった場所に置いた。
まあそれはそれでいいんだけども、僕は気になったことを裕子さんに聞いてみた。
「裕子さん、無くした鍵はタケルくんの手の届く場所にありましたか?」
すると裕子さんは少しビックリした表情をしてから、
「タケルくんは鍵を盗むような子じゃないですよ」
「いやそれを疑っているわけじゃないんですけども。じゃあ鍵のサイズはどのくらいですか?」
と聞くと真澄がこう言った。
「確かにサイズさえ分かれば、どこの隙間に入ったか分かるもんなぁ」
裕子さんは少し唸りながら、
「隙間は全部見たんですけどねぇ~、サイズは」
と言ったところで僕はとある場所を指差しながら、こう言った。
「サイズは、この剣を一回り小さくしたサイズ、ですか?」
僕がそう言うと、裕子さんは目を丸くしながら、
「そうです! そうです! その通りです!」
と言った。
それに対して真澄は、
「鍵なんて大体それくらいだろ、この剣よりちょっと小さいくらいが常だろ」
「いや、この剣は、形が整っている割に色塗りが雑なんです」
真澄は小首を傾げながら、
「それがどうしたんだ?」
「色塗りと形を整えること、こうやって単一に色を塗ることは、形を作ることよりも簡単なのに、形のほうだけしか巧く作れていない。ということはこの形には元になったモノがあるんじゃないんですか?」
それに真澄が手をポンっと叩きながら、
「なるほど! 鍵を手本に作ったわけだな!」
「そうじゃない。きっとこの剣は、鍵に紙粘土を肉付けさせるように作られているんだと思います」
それに裕子さんが大きな声を上げる。
「えぇっ! そういうことですかっ!」
「そういうことって、何か心当たりがあるんですか?」
「いやその剣と盾を捨てようとしたら、異様に拒んで、何なんだろうとは思っていたんです」
「じゃあちょっとタケルくんには負い目もあったわけですね、でもそれ以上に剣がお気に入りで本当のこと言えなかったんでしょうね」
すると真澄が、
「よしっ! トンカチで叩いて壊すか!」
「いや熱湯に付けてふやかしましょう。お湯沸かしますね」
そして案の定、剣の中から鍵が出てきて、それを見た裕子さんは瞳を潤ませ喜んだ。
僕は裕子さんと別れ際に、
「タケルくんのことは叱ってもいいですけども、本人も剣を失っているので、あんまり強く言わないで下さい」
それに対して裕子さんは、
「いいえ、めちゃくちゃ叱ります」
と毅然とした表情でそう言った。
さすが女子ソフトボール部の一年生エースだ、鬼神中の鬼神になっていると思いながら、その場を後にした。
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