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それは、ある会議の日から始まった。
いつもより参加者が多く、いつもより空調が効きすぎていた。誰かが資料を配り、誰かが冗談を言い、誰かが笑わなかった。ワタシはいつもの席に座って、ペンを握り、特に発言する予定もなく、その場にいた。
問題の話題は、終盤に出た。
新しい方針についてだった。 正確には、その方針が「誰かにとって不利益になる」という指摘について。
一人が言った。 「まあ、仕方ないよね」
別の一人が、少し声を落として言った。 「正直、あの人にも原因あると思う」
ワタシは、顔を上げなかった。 資料の端を見ながら、曖昧に相槌を打った。
「あぁ、そうなんだ……ふぅん」
その瞬間、誰もこちらを見ていなかった。 少なくとも、わたしはそう思っていた。
会議は、そのまま終わった。 結論は先送り。 空気は、妙に軽くなっていた。
数日後、内部で問題が表に出た。 例の方針が、正式に「不適切だった」と判断され、責任の所在が問われることになった。
そのとき、ワタシの名前が出た。
「彼女も、あの場にいましたよね」 「反対はしていなかった」 「むしろ、納得しているように見えた」
聞いた話だった。 直接ではない。 いつもそうだ。
呼び出された席で、上司は困ったような顔をしていた。 「君も、少なからず関わっていたことになる」
関わっていない、と言おうとした。 でも、何をもって関わっていないと言えばいいのか、分からなかった。
発言していない。 判断していない。 署名もしていない。
ただ、そこにいただけだ。
「否定しなかったよね」 その一言で、すべてが決まった。
否定しなかった。 それは事実だった。
ワタシは、何度も説明した。 賛成した覚えはない。 判断を求められた記憶もない。 ただ、その場の流れの中にいただけだと。
でも、説明は記録に残らなかった。 残ったのは、「会議に同席していた」「異議を唱えなかった」という事実だけだった。
噂は、外にも漏れた。
「あの人、分かってて黙ってたらしいよ」 「一番たちが悪いタイプだよね」 「何も言わない人ほど信用できない」
誰かの言葉が、誰かの言葉を呼び、 ワタシは、知らない間に完成していた。
悪意のある沈黙の人。 賛同者。 黙認者。
訂正するほど、話は膨らんだ。 弁解するほど、「焦っている証拠」になった。
ある日、出社すると、机の上が片づけられていた。 業務から外され、関係者名簿から名前が消えていた。
理由は「総合的判断」。
誰も、はっきりとは言わなかった。 でも、全員が同じ物語を共有していた。
ワタシは、その場にいた。 そして、何も言わなかった。
それだけで、十分だった。
目立たなかった人生は、こうして終わった。 音もなく、派手な衝突もなく、 ただ、静かに切り離されただけだった。
あぁ、そうなんだ……ふぅん。
あの相槌が、
こんな結末を連れてくるなんて、
やっぱり、ワタシはまだ納得できていない。