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一人目は、私です。
柿崎修一の死亡診断書には、そう書かれていた。
私は病院の廊下で、その一文を何度も読み返した。
死亡年月日。
九月三日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
高瀬隆志の死亡通知に記されていたものと、まったく同じ日時。
高瀬はすでに死んだ。
けれど、高瀬の死亡通知はまだ終わっていない。
佐伯課長の言葉が頭に蘇る。
通知に名前を書かれた人間は死ななかった。代わりに、その人のそばにいた誰かが死んだ。
だとすれば。
高瀬の通知が予告していた本当の死者は、柿崎修一なのか。
「その紙……」
白衣の女性が、怯えた目で私の手元を見た。
「何が書いてあるんですか」
「柿崎先生は、これをあなたに渡しただけですか」
「はい」
「何か言ってませんでしたか」
女性は考え込んだ。
「昨日、帰る前に……」
「何て?」
「『もし水城澪という人が来たら渡してくれ』って」
胸がざわつく。
私の名前を知っていた。
会ったこともない医師が。
「それだけですか」
「あと……」
女性が言いにくそうに視線を落とす。
「変なことを」
「変なこと?」
「『今度こそ、三日目を越えられないかもしれない』って」
今度こそ。
私はその言葉に引っかかった。
「先生は以前にも、同じようなことを経験していたんですか」
「分かりません」
「十五年前の話をしていませんでした?」
女性の表情が止まった。
「十五年前……」
知らない。
そう言おうとしたように見えた。
でも、口が動かなかった。
「何か知っていますね」
「私じゃありません」
女性が小さく首を振った。
「柿崎先生が、昔のカルテを調べていたんです」
「誰の?」
「水城千佳さん」
母。
「母のカルテがここに?」
「昔、この病院を受診していたみたいです」
私は死亡診断書を握りしめた。
母。
高瀬。
柿崎。
十五年前。
全部が同じところへ集まり始めている。
「そのカルテを見せてもらえますか」
「無理です」
即答だった。
「ご家族でも、勝手には――」
「分かっています」
職業柄、その程度は理解している。
「柿崎先生は、そのカルテを見て何を知ったんですか」
女性は答えなかった。
代わりに周囲を見た。
そして声を落とした。
「先生、昨日から何度も言ってたんです」
「何を?」
「『死亡通知は七枚じゃない』って」
私は息を止めた。
「何枚なんですか」
女性が私を見る。
「八枚あるって」
*
病院を出たとき、雨が降り始めていた。
七枚ではなく、八枚。
母の遺品から出てきたのは七枚。
高瀬にも一枚届いた。
それを別に数えるなら八枚になる。
でも、そういう意味なのか。
私は駐車場でスマートフォンを取り出した。
母の家へ戻る前に、佐伯へ電話をかける。
出ない。
もう一度。
出ない。
留守番電話に変わった。
次に真壁刑事。
こちらも出なかった。
私は車に乗った。
助手席には柿崎から預かった封筒。
九月三日午後十一時四十分まで、あと一日半。
それまでに柿崎を見つけなければならない。
けれど、その前に確かめたいことがあった。
母の七枚。
もしかすると、あの中に何か見落としている。
*
母の家に着いたのは、午後六時前だった。
玄関の鍵を開ける。
静かだった。
昨日まで遺品整理業者が出入りしていたせいか、部屋の中は前より広く感じる。
私は居間へ入った。
七枚の死亡通知を入れた封筒は、押し入れの奥にある木箱へ戻していた。
念のため、箱の上に雑誌を何冊か積んである。
誰かが触れば分かるように。
押し入れを開ける。
雑誌は、そのまま。
木箱もある。
私は息を吐いた。
考えすぎだ。
箱を取り出す。
蓋を開けた。
中には母の手帳。
古い写真。
紙片。
そして死亡通知。
私は一枚ずつ畳へ並べた。
高瀬隆志。
水城雅彦。
四枚目。
五枚目。
六枚目。
名前を塗り潰された七枚目。
……六枚。
「え?」
もう一度数えた。
六枚。
一枚足りない。
私は紙を裏返した。
箱の底も見る。
手帳の間。
写真の下。
ない。
「嘘……」
思い出す。
二枚目。
榊原美佐子。五十七歳。
死亡予定日、九月七日。
死因――溺死。
その紙がない。
私は箱をひっくり返した。
何も出ない。
押し入れの中を探す。
畳の上。
棚の隙間。
ゴミ袋。
ない。
二枚目だけが消えている。
背中が粟立った。
誰かがこの家に入った?
でも玄関の鍵はかかっていた。
窓も閉まっている。
荒らされた形跡はない。
そして死亡通知以外は何も盗まれていない。
それも、
二枚目だけ。
私はすぐ母の手帳を開いた。
榊原美佐子。
名前を探す。
六月。
七月。
八月。
何度も出てくる。
その中の一ページで手が止まった。
六月十五日
美佐子から電話。
「もうやめて」と言われた。
その下に母の字。
やめられるなら、とっくにやめている。
六月十七日。
美佐子は知っている。
六月十八日。
高瀬に殺される。
そして六月十九日。
一ページが破られている。
私は切り口を指でなぞった。
ここに何が書かれていた?
高瀬?
美佐子?
十五年前に死んだ人?
そのとき。
二階から音がした。
ミシ。
私は顔を上げた。
この家には私しかいない。
ミシ。
古い家が鳴っただけ。
そう思おうとした。
だが次に、
明らかに足音がした。
一歩。
二歩。
二階の廊下。
私は立ち上がった。
「誰かいるんですか」
返事はない。
スマートフォンを握る。
警察。
そう思った瞬間、
二階で何かが倒れた。
私は反射的に階段へ向かった。
一段ずつ上る。
「誰ですか」
音は止まっている。
二階には、母の寝室と私が昔使っていた部屋がある。
母の寝室。
扉が少し開いていた。
さっき確認したときは閉まっていた。
私は押した。
誰もいない。
ベッド。
鏡台。
空になった洋服箪笥。
ただ一つ。
鏡台の上に、白い封筒が置かれていた。
さっきまでなかった。
黒い縁取り。
赤い印。
私は近づいた。
表には、
死亡通知書在中
手が震える。
封筒を開けた。
中から一枚の紙を引き出す。
二枚目だった。
榊原美佐子。
戻ってきた。
いや。
違う。
内容が変わっている。
死亡年月日。
九月七日。
死亡時刻。
午前二時十三分。
死亡場所。
市内河川。
死因。
溺死。
そこまでは以前と同じ。
下に、新しい項目が増えていた。
死亡対象者。
その欄に書かれていた名前を見て、私は息を止めた。
榊原美佐子ではない。
別の名前。
水城雅彦。
父だった。
「どうして……」
三枚目にも父の名前がある。
つまり父は、
自分の死亡通知を持っているだけではない。
榊原美佐子の通知でも、死者として指定されている。
二度、名前が出ている。
そのとき、背後で床が鳴った。
振り返る。
誰もいない。
でも、
寝室のドアがゆっくり閉まり始めていた。
私は駆け寄り、押さえる。
廊下。
無人。
階段にも誰もいない。
下へ降りた。
玄関。
鍵が開いている。
私は固まった。
自分で閉めた。
間違いなく。
外へ出る。
雨。
住宅街。
走り去る人影はない。
そのときスマートフォンが鳴った。
非通知。
私は迷ってから出た。
「もしもし」
女の声だった。
『澪ちゃん?』
呼吸が止まる。
その呼び方をする人間を、私は一人しか知らなかった。
「……誰?」
『覚えてないのね』
年配の女。
泣いているようにも、笑っているようにも聞こえる。
「あなた、榊原美佐子さんですか」
沈黙。
『二枚目を見た?』
私は家を振り返った。
「あなたが入ったんですか」
『違う』
「じゃあ誰が」
『逃げて』
「何から?」
女が息を吸う。
『あなたのお父さんから』
「父?」
『雅彦は、千佳を殺してない』
私は死亡通知を見る。
父の名前。
『もっと悪いことをしたの』
「何をしたんですか」
電話の向こうで、何かが割れた。
女が小さく悲鳴を上げる。
「榊原さん?」
『来た』
「誰が?」
『澪ちゃん』
声が震えていた。
『二枚目が消えたら――』
激しい水音がした。
「榊原さん!」
『私を探さないで』
通話が切れる。
私はすぐかけ直した。
繋がらない。
画面には、
非通知設定
とだけ表示されていた。
私は二枚目の死亡通知を見た。
九月七日。
まだ五日ある。
なのに。
紙の端が濡れていた。
私は指で触れる。
水だった。
一滴。
二滴。
どこから?
雨に当ててはいない。
紙の中央から、次々と水が滲み出してくる。
そして父の名前の下に、
赤い文字がゆっくり浮かんだ。
二人目は、もう水の中にいる。
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しらなみ
467
#主人公最強
杯雪乃
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桜咲かな
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コメント
1件
うわわっ第7話、めっちゃゾクゾクしたよ…!!😭💦 二枚目の死亡通知が消えて、また違う内容で戻ってくるのマジで怖すぎるし、しかも父の名前が二度も出てくるってどういうこと!? ラストの電話の「逃げて」「あなたのお父さんから」ってセリフ、頭から離れない…!! 榊原美佐子さんが水の中にいるって暗示もヤバいし、次が気になって仕方ないよ〜!! 続きが待ちきれない!!🔥