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それから数日後の夜、『黄昏』の街にある工房区画。そこにはドルマン率いるドワーフチームの工房や資材倉庫が建ち並び、『黄昏』でも厳重に警備されている場所のひとつであった。
その建物のひとつに怪しげな男が密かに近付き、今まさに手に持った松明で火を放とうとしといたが。
「ちょっと!なにをしているの!?」
巡回していた『猟兵』所属のエルフの一人に見つかる。
「やっべ!」
慌てて男は逃走を図る。
「っ!?待ちなさい!」
エルフは警笛を鳴らし、けたたましい音が夜の街に響き渡る。それと同時に追撃を開始。
「止まれーっ!」
「逃がさないわよ!」
更に警笛を聞いたエルフ二人が加わり、彼女達は身軽なエルフの装束を纏い、屋根を伝いながら追撃する。
「はぁ!はぁ!はぁ!畜生!畜生ぉ!」
「そこぉっ!」
「ぎゃあっ!?」
一人のエルフが弓を構えて射かけ、見事に足を射抜くと男は転倒する。すぐさま三人が駆け寄り、身体を拘束する。
「リサ!リマ!リエ!」
そこにリーダーであるリナが駆け寄る。
「リナ!怪しい奴を捕まえたわ!」
「こいつ、工房に火を付けようとしてたわ!」
「お手柄よ!このまま詰め所に連れていきましょう!」
更に同時刻、仕立て屋工房にも怪しげな男が潜入。だがまだ起きていて店の片付けをしていたエーリカに発見される。
「あなた誰!?」
「ちぃっ!」
男は短剣を取り出すとエーリカに向けて刃を振るう。
エーリカは素早く身を屈めて短剣を回避して、いつも腰に差している剣を素早く引き抜き、立ち上がる勢いを乗せて真下から剣を振り上げた。
「げっ!?」
エーリカの剣は狙い違わず男の短剣を握っている右腕を斬り飛ばし、振り上げた剣を素早く持ち変えて振り下ろした切っ先は右肩から左脇までを一直線に斬り割き、血飛沫を上げながら仰向けに倒れる。
「……あっ!」
自分自身も返り血を浴びて真っ赤に染まったエーリカは、捕らえるのではなくそのまま斬り伏せてしまった事に気付く。
「エーリカ!大丈夫!?……わっ!?」
巡回していたエルフが一人駆け込み、惨状を見て驚く。
「私は大丈夫!でもごめん、殺しちゃった……あはは……」
真っ赤に染まったまま苦笑いをするエーリカであった。
夜の教会に来訪者が現れた。
「夜分に申し訳ない、シスター。懺悔をしたいのだが、良いかな?」
それは見慣れない黒いコートを着た中年の男性であった。
「……どうぞ」
長椅子に腰掛けていたカテリナは静かに立ち上がり、懺悔室へと案内する。そして男性を部屋に通すと、自らも隣の個室に入る。
「……なにかお悩みですか」
椅子に腰掛け、壁越しに語り掛ける。
「ああ、シスター。私は実に罪深いことをしてしまった。いや、正確にはこれから行おうとしている。その事を神に懺悔しなければならないのだ」
男は悔やむように言葉を漏らす。
「……。」
「誤解しないで欲しいのだが、私は敬虔な信者でね。これまでも祈りを捧げて寄進もしてきた。だが、今回だけはどうしても神の意思に背く行いをしなければならないのだ」
「……それは何ですか?」
「ああ、それは……神の僕である聖職者をこの手で殺めなければいけないことだ!」
突如としてコートから拳銃を引き抜き、カテリナの居る隣室の壁に向かって発砲。木製のそれは容易く銃弾を貫通させていく。
「済まない、シスター。これも大義のためだ。恨むならば、調子に乗り過ぎた君のボスを恨むと良い……なっ!?」
除き穴から隣を覗き込むと、そこには誰も居ない。
「バカなっ!?一体何処に!?」
その瞬間、後頭部に固いものが押し付けられる。
「……下手な芝居に、確認を怠る怠慢。何よりその気取った喋り方、覚えがありますよ。てめえ、リンドバーグの所のアイザムだな?」
「ああ、覚えていて頂き光栄だよ、シスターカテリナ」
アイザムはゆっくりと立ち上がる。
「……リンドバーグがてめえを手離すとはな」
「買い被りだよ、シスター。ボスは貴女こそ最大の脅威と判断している。そのため私が選ばれたのだが……やはり簡単にはいかなかったようだ……っ!」
懐から取り出したものを見て、カテリナは目を見開き。
「畜生がっ!」
その瞬間、爆発が起きて教会の窓ガラスが全て割れて爆炎が飛び出した。
「教会が!?」
「何なのよ、これ!?」
「警戒を厳にせよ!総員戦闘配置!」
エルフ達や警備隊が慌ただしく街中を行き交う。
「こりゃひでぇな。あちこちで不審者が見付かって、教会がやれたか」
それを遠目に眺めるラメルとマナミア。
「本命に見えるけど、全部陽動だと思うわよ」
「全てが本命か。もしこれでボスが狙われなきゃ、俺はとんだ馬鹿野郎になるな」
「大丈夫よ。それに、これでネズミの正体を掴めたじゃない」
「一人だがな。最初の情報を流しただけでこれだからな」
「先ずは一歩よ」
『黄昏』全体が騒然となる中、作業小屋では。
「ふーむ」
『帝国の未来』を読みながら何かを模索しているシャーリィ。
「シャーリィ、騒がしくなってきたぞ」
一緒に作業小屋で待機しているルイスが騒ぎに気付く。
「やはり広範囲の破壊工作を行ってきましたか」
「なんだ、知ってたのか?」
「ラメルさん達を信じていますが、こうなる予測も立てていただけですよ。ここ数日は狩りを中断して『猟兵』全員を夜間警備に回して備えていましたから」
「それでも被害は出るだろう?」
「覚悟の上です。破壊工作を行えるような人材はそう多くない。実行者の数を減らせるなら問題ありませんし、上手く行けば尋問で有益な情報を得られるはずです」
「怪我人が出ないと良いがなぁ」
「受け身と言うのはやり難いです。これまでとは……」
シャーリィはそこで区切り、黙り込む。ルイスも同時に黙り、身を屈める。
しばらくすると、ドアがノックされる。シャーリィをその場に留まらせてルイスが対応する。
「なんだ?」
「警備隊の者です!お嬢様へ緊急の報告があります!」
その言葉を聞いてシャーリィは身構える。警備隊でシャーリィが作業小屋に居ることを伝えたのは一人だけだからだ。
「分かった。けどシャーリィは忙しいからな、俺が対応する」
ルイスは慎重にドアを開けると、そこには警備隊の下士官が一人立っていた。
「御苦労様です、ルイス殿!しかし重要度の高い報告になりますので、直接お嬢様にお伝えしたいのですが」
「シャーリィは忙しいと言ったろ?俺が伝えておくよ。なんだ?」
「あ、いや、しかし!」
「シャーリィが忙しいときは俺が代わりに預かる。うちのルールのはずなんだが……まさか知らねぇとは言わせねぇぞ?ヘンリー伍長」
「……っ……分かりました……」
ヘンリー伍長は俯き、そして意を決して顔を上げて素早く懐に手を入れ、爆弾を取り出そうとしたが。
「アンタ、選択を間違えたな。シャーリィの下に居れば良い思いも出来たのによ」
「ふっ!」
「げっ!?」
いつの間にか後ろに潜んでいたリナの手刀を受けて、あっさりと意識を手離すのだった。
「捕まえましたよ、ネズミさん」
最後に彼が目にしたのは、ルイスの後ろから顔を出して満面の笑みを浮かべるシャーリィだった。