「初詣、皆さんと一緒に行けて、うち、凄く嬉しかったです」
ニコッとくるみに微笑み掛けられて、実篤は「ああ、そう思うてもらえたんなら良かった」と応えながらも、複雑な気持ちに包まれる。
両親はおろか兄弟姉妹も、果ては四人いるはずの祖父母でさえも一人もこの世に残っていない天涯孤独なくるみは、正月間もこれと言って親戚付き合いの予定はなくて。
それを知っていた実篤が、家族から離れてくるみの家へ泊まりに行こうと、それとなくくるみが一人で過ごしていることを話したら、「それだったらうちに来りゃーええじゃ?」と、母・鈴子が、実篤に無断で鏡花経由。くるみに「どう?」と直談判してしまった。
常日頃から家族愛に飢えているくるみが、その誘いを無下にするはずもなく――。
「大晦日に家族団欒の場に誘うてもらえるとか…… 凄く幸せです! それでうち、その日は何時くらいに伺ったらええでしょう?」
気が付いたら、くるみからルンルンな様子で年末年始のお誘いについて〝事後報告〟を受ける羽目になってしまった実篤だ。
(くるみちゃんの口ぶりからして……俺がそのことを知らんかったなんて思うちょらんよな)
そう気が付いたら、こんな嬉しそうなくるみを前にして『ホンマは俺、くるみちゃんと二人っきりで年越ししたいんじゃけど』なんて本音、言えるわけがないではないか。
「昼過ぎ頃、俺がくるみちゃん家まで迎えに行くけん、家で待っちょって?」
*
そんなこんなで結局鈴子の思惑通り、大晦日の夜は実篤の家でくるみも交えて家族みんなで過ごした。
夕飯後、二十三時頃までトランプやボードゲームでワイワイ盛り上がってから、例年通り年明け目掛けて近所の神社に徒歩で参拝しようという話になって――。
「きゃー。くるみちゃんと初詣とかっ。何か凄いワクワクするんじゃけどっ♥」
兄であり、眼前の友人の恋人でもある実篤を押し退けて、鏡花がくるみの右手を握る。
そればかりか――。
「俺も! 今年もまた家族だけで詣でるんじゃろうなぁ、つまらんのぉーって思いよったけん、こんな可愛い女の子も一緒とか、願ったり叶ったりなんじゃけど!」
鏡花が握っていない方の手をギュッと握って、八雲までもがくるみににっこり微笑み掛けるとか。
「うちも皆さんとご一緒出来てホンマ嬉しいです」
すっかり栗野の面々に打ち解けたくるみが、〝私〟という余所行きの仮面を外して〝うち〟と自称して嬉しそうに頬をバラ色に染めた。
そんなくるみの顔を遠巻きに見て、実篤はちょっぴりモヤモヤしてしまう。
(うち、って言うん、俺の前だけにしてぇーや、くるみちゃん……)
そんな了見の狭いことを思ってしまう自分がとっても嫌だと思うのだけれど、くすぶる嫉妬心が抑えられないのだから仕方がないではないか――。
それに。
(八雲! お前、毎年俺達とは行かんと地元の女の子達と行きよーるじゃろーが! 何で今年に限ってそっち行かんのんよ!)
くるみを取り囲む妹と弟をちょっぴり離れた所でムスッとした顔で見遣りながら、実篤は我知らず小さく吐息を漏らした。
「何、実篤。溜め息なんかついてから。――悩み事?」
途端、それを耳ざとく聞きつけた母・鈴子に、心配そうに顔を覗き込まれてしまう。
「いや、そういうわけじゃ――」
弟と妹に恋人を盗られたみたいに思ってムスくれているだなんて、絶対に言えるわけがない。
なのに――。
「そりゃー可愛い彼女を独り占め出来んとあっちゃー、モヤモヤも募るいのぉー? 実篤よ」
父・連史郎にぐりぐりと頭を撫でられて、実篤は(クソ親父! 要らんこと言わんでええ!)と思わずにはいられない。
「なになに~? お兄ちゃん、拗ねちょるん?」
そんな両親とのやり取りに、くるみの手を握ったまま鏡花がクスクス笑ってきて。
実篤は(あいつ、くるみちゃんの手ぇ離さんの、絶対確信犯じゃろ!)と苦虫を嚙みつぶした。
「まぁな、父さんも母さんを独り占め出来んで悲しいけん、実篤兄ちゃんも一緒じゃと思うぞ? コイツは顔だけじゃのぉーて考え方も一番父さんに似ちょるけんのぉー」
はっはっは……と笑いながら、これまた要らんお世話な御託を並べる連史郎を無言で睨んだら、
「やーんっ。貴方ったら♥ 照れるじゃないね」
実篤を押し退けるようにして、鈴子が連史郎に熱い視線を送る。
(ったく、この二人はいくつになっても……)
そう思いつつも、実はそんな両親のことがとっても羨ましかったりする実篤だ。
(俺もくるみちゃんとあんな夫婦になれたらええのぉー)
何気なくそんなことを思ってから、〝夫婦〟というパワーワードに一人でドキッとして照れてしまう。
しかし、現状、愛しいくるみは鏡花と八雲にガッチリ挟まれていて、近くにいるようでその実とっても遠い。
(くるみちゃぁぁぁぁん)
情けなく心の中でくるみを呼んでみたものの、声には出せないので届くわけがなかった。――のだが。
いつの間にか近くにいたはずの両親たちは手を繋いで玄関に行っていて、「おーい、みんな! 早よぉーせんと〇時までに神社に着かれんなるで?」と連史郎が声を掛けてくる。
「ほら兄ちゃん、父さん達が呼びよーる。一人で百面相しちょらんと――行くよ?」
これまたくるみの手を握ったまま、八雲がそう声を掛けてきて、実篤は「馬鹿。百面相なんかしちょらんわ!」と答えつつも、くるみと目が合って。
思わず俺がくるみちゃんと手ぇ繋いで行きたいのに、と言う気持ちを駄々洩れにさせてしまった。
「あ、あのっ。うち、実篤さんと並んで歩きたいんじゃけど……ええでしょうか?」
結果、現状を打破してくれたのは他ならぬくるみだった。
「あー、やっぱ気付いた? くるみちゃんが兄ちゃんの視線に気付かんかったらこのままって思いよったんじゃけど」
わざわざ実篤に視線が向くように仕向けたくせに、八雲が冗談めかしてクスクス笑って。
「あんとな物欲し気な目で見てくるとか卑怯よねぇー?」
鏡花がわざとらしく実篤をキッと睨んでくる。
でも、二人とも素直にくるみの手を離してくれて、くるみが「有難うございます。ワガママ言うてすみません」と言いながら、実篤の方へ来てくれた。
そうして実篤の手をギュッと握ると、グイッと自分の方へ引き寄せて耳元に唇を寄せて――。
『ひょっとして、ヤキモチとか妬いてくれたりしましたか?』
小さな声でそう耳打ちをする。
告げられたセリフもさることながら、くるみの吐息が耳朶をふぅっと掠めたことに、実篤はゾクリと身体を震わせて真っ赤になった。
嬉しさと照れの余りキャパオーバー。何も言えずに立ち尽くしてしまった実篤に、くるみが「実篤さん、お返事は?」と促してきて。
実篤は言葉を返す代わりにくるみの小さな手をギューッと握り返した。
そうしてポツン、と。
「――お願いじゃけ、俺以外にあんまり懐かんで?」
聞こえるか聞こえないかの小声でくるみにそう懇願した。
***
正月休み最終日の一月四日。
くるみは実篤と一緒に広島市内へショッピングに来ていた。
「よぉ考えてみたら実篤さんと広島来るん、初めてですね」
思えば九月から付き合い始めて四か月ちょっと。
デートと言えばお互いの家を行き来することが中心で、こんな風に高速を飛ばして出かけたこと自体なかった。
今日はぶらぶらと目的を定めず本通商店街をウィンドウショッピングしようと言う話になって。
ゲームセンターでクレーンゲームを楽しんだり、買うあてもないくせに服屋や靴屋に立ち寄ったりした二人は、歩き疲れた足を癒すため、たまたま目についた紅茶専門店『愛しい香り』で一休みすることにした。
「紅茶のお店でランチが食べられるじゃなんて……思うちょりませんでした」
くるみが席に着くなり、実篤がさっきゲームで取ったカワウソのぬいぐるみを抱いたままキラキラと瞳を輝かせる。
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