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ゆうれい都とナギ

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ゆうれい都とナギ

22 - 第19話「ユキコの本棚」

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2025年07月19日

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第19話「ユキコの本棚」
その部屋には、時計がなかった。

窓も、外の音も、風の通り道すらなかった。

ただ、空気だけが何かを忘れているようなにおいをしていた。


「ここ、わたしの書斎だよ」


ユキコが言って、ふすまを開けた。

その奥にあったのは──床から天井までの本棚だった。

ぎっしりと並ぶ背表紙、色あせた表紙、タイトルのない冊子。

ところどころ、本と本のすき間に、野の草がひそかに咲いていた。


ユキコは、今日も白に近い水色のワンピース。

足元には薄手のレースのくつ下。

どこか“儀式用”の服のようで、ナギはなぜか胸がすこしだけざわついた。


ナギは、入り口で立ち止まっていた。

ミント色のTシャツは肩に少し泥の跡。

手には、昨日の自由帳。

何かを書いた記憶はあるけれど、もう開くのがこわかった。


「ここにある本、全部、読んでいいの?」


「うん。でも、全部“書いた人がいない”の」


「それって……」


「たぶん、誰かが“読みたいって思った”からできた本」




ナギはそっと棚に指をのばす。

一本の背表紙に触れた瞬間、ざりっ、とした紙の質感といっしょに、

遠くで誰かが名前を呼ぶ声が、かすかに耳にひっかかった。


開いた本の最初のページに、ナギは見覚えがあった。


《8月14日、あの子が鳥居をくぐった日。》


「これ……わたしのこと?」


ユキコは首をふった。


「“それがナギちゃん”かどうかは、ナギちゃんが決めること」




部屋のなかには、椅子も机もなかった。

でも、読んでいると立っていることを忘れてしまう。


ナギは、ひとつの本に読み入った。

そこには、ユキコとよく似た少女の物語が書かれていた。


・日記のようで

・でも、誰に向けて書いたのかわからず

・その子の名前も、毎ページで違っていて

・でも、声だけはずっと同じだった


読み終えたとき、ナギはそっとその本を閉じた。


手に残った紙の感触が、少しだけ湿っていた。


「この子……ユキコ、なの?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」

ユキコは笑った。

その目元が、ほんのわずかにかすんでいて、

見つめるほど、まつげが紙でできてるように見えた。




「でもね、ナギちゃん」


「うん?」


「この中に、ナギちゃんのこと書いた本もあるよ」


ナギははっとして振り向いた。

本棚のすみっこ、古ぼけた革表紙に、鉛筆で「なぎ」とだけ書かれていた。


そっと手をのばす。


開くと、1ページ目だけがやぶれていた。

それ以降のページは、まっしろ。


ユキコが言った。


「続きを書くか、やめるか、今日きめていいよ」


ナギはしばらく考え、そして本を棚に戻した。


「もう少し、見ていたいから。読まないで、歩いてみる」




棚の外に出たとき、

ふすまの向こうには、もう本棚はなかった。


代わりに置かれていたのは、ひとつの箱。

そこにだけ、まだ誰にも読まれていない文字がつまっていた。

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