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もっぱら男女の二人組だが、格好や年齢層までホテルに入っていく人は様々。
彼はどういうつもりで、そんな誘いをしたのか……正直分からなかった。本当に、ちょっと休憩するつもりの、親切心でそう言ったんだろうか。
怖気づいたわけでも、歓喜してるわけでもない。むしろスーッと、胸の中にわだかまる何かが消えていく気がした。
この感覚は何だ。
「おーい、准君。大丈夫?」
「あ、……はい」
准のあからさまな生返事に、加東は苦笑した。
「はは。……さっきよりは、顔色良くなったね」
彼の冷たい手が額に当たる。
その瞬間、ケーブルが落ちたかのように視界が暗くなった。そして一番隠したい、醜く恥ずかしい部分だけライトで照らされる。
馬鹿だ、俺。こんな穏当な人に何を期待して。
────何を待《ま》ってるんだろう。
「加東さん、今日はすいませんでした。もう大丈夫です。……ひとりで帰れます」
准は静かに加東から離れた。彼は一瞬頷くのを躊躇ったが、ずっと優しく笑っている。
「OK。じゃあ一応、家帰ったら連絡ちょうだい」
いつもと変わらない別れの挨拶をし、彼の後ろ姿を見送る。それから改めて思った。
俺は本当に、めんどくさい性格をしてる。
全て勇気が無いから、自分が踏み込まないから関係が進展しないんだと思っていた。
でも実際は違くて。踏み込まないんじゃなくて、踏み込ませないんだ。熱しやすく冷めやすいじゃないけど、俺はどうも相手から近付かれると本能的に逃げるらしい。
絶対変なやつだと思われたな。……終わった。
空を見上げた途端、運悪く雨まで降ってきた。今日は雨が降る予報なんてなかったけど……周りの人達は一斉に小走りで建物の方へ向かい出す。
ついてないけど、これぐらい何でもない。占いが最下位でも、別に悪いことのうちに入らない。意識しないよう努めて前を歩く。
びっくりするぐらい何も無い一日だった。
いや……何も無さすぎて、がっかりなのか。
夜の冷雨は容赦ない。毛先まで水が滴り、靴の中はびちゃびちゃで気持ち悪かった。
やっぱり鬱だ。もう一度飲み直したい。
「准さん!」
真っ赤な傘が頭上に差し出されるまでは、そんなことを思っていた。
「風邪ひきますよ! 何で走らないんです? カッコつけてんですか!?」
さっきと変わらない姿でそう叱りつけてきたのは、涼だった。
相変わらずうるさい。騒々しくて腹立たしい。
そんな彼が来てくれたら────モヤモヤした感情なんて綺麗さっぱり忘れていた。