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それは、最初から嘘だった。
そう思えば、
少しは楽になれる気がした。
病室は静かだった。
機械の音と、カーテン越しの気配だけがある。
医者は穏やかな声で言った。
「大丈夫です。助かりますよ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が、ゆっくりほどけた。
泣いてはいけないと思った。
まだ終わっていない話だから。
面会時間が終わって、
廊下を歩く。
看護師たちは忙しそうで、
誰も立ち止まらない。
それが、普通だと思った。
次の日も、
同じ言葉を聞いた。
「順調ですよ」
「心配いりません」
言い方が少しずつ違っても、
意味は同じだった。
私はその言葉を、
何度も思い出した。
苦しいとき。
不安になったとき。
夜、眠れないとき。
“助かりますよ”
それは、
お守りみたいな言葉だった。
ある日、
別の医者が部屋に入ってきた。
白衣のしわが、
少しだけ違っていた。
その人は、
一瞬だけ言葉に迷ってから、
やっぱり同じことを言った。
「大丈夫です」
私はうなずいた。
聞きたい言葉は、それだけだった。
それ以上を、
求めてはいけない気がした。
病室を出るとき、
母が小さく息を吐いた。
「よかったね」
その声は、
安心というより、
確認に近かった。
夜、スマホを見た。
検索履歴には、
調べた覚えのない言葉が並んでいた。
病名。
進行。
余命。
指が震えて、
画面を閉じた。
それでも、
あの言葉は消えなかった。
“助かりますよ”
だって、
誰も嘘をつく理由がない。
そう思うことで、
私は救われていた。
数日後、
医者は少しだけ沈黙してから言った。
「できる限りのことはしています」
それでも、
私はうなずいた。
それを否定してしまったら、
今まで信じてきた全部が、
嘘になる気がしたから。
面会時間が終わる。
カーテンを閉める。
眠っている顔は、
穏やかだった。
苦しそうじゃない。
だから、きっと大丈夫だ。
帰り道、
駅のホームで、
同じ言葉が頭の中で繰り返される。
“助かりますよ”
それが、
未来の話なのか、
今を乗り切るための言葉なのか。
誰も、説明してくれなかった。
でも、私は知っている。
あの言葉がなかったら、
私はここまで耐えられなかった。
たとえそれが、
最初から嘘だったとしても。