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瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
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【バグ】
あの日から、少しおかしくなった。
時間の針に触れると、
指先がすり抜ける。
音が、ズレる。
カチ……
……チ、カチ。
「……っ」
耳の奥で、嫌な音が鳴る。
人間なら、具合が悪いって言うんだろう。
でも、俺たちは違う。
——バグ。
存在と時間の噛み合わせが、狂う状態。
命に触れた代償が、
ゆっくり、でも確実に表に出てきていた。
視界が一瞬、裏返る。
神社の柱が、違う位置に見える。
時間を止めようとしても——止まらない。
「……やべ」
力が、うまく噛み合わない。
これは、相当危険だ。
——この世界にいたら、
最悪、存在ごとエラーを起こす。
「……仕方ねぇな」
俺は、門の上から空を見上げる。
九尾さんの気配は、遠い。
……分かってる。これは、自分で処理するやつだ。
「……少し、離れるか」
指先で、時間ではない“層”に触れる。
ここじゃない。
今の世界の、さらに外側。
——回復領域。
妖怪が、自分を修復するために行く、
別の世界。
パチン。
音が、完全に消えた。
————————————————————
そこは、
時間が“流れていない世界”。
空は色を持たず、
地面も、影も、定まらない。
でも、不思議と——落ち着く。
「……はぁ」
身体を、いや、存在を横たえる。
ここでは、無理に力を使う必要がない。
それでも。
耳鳴りは、まだ残っている。
時間の音が、遠くで歪む。
「……駿」
名前が、自然と零れた。
今頃、きっと。
病院で、安堵して。
もしかしたら、少しだけ笑ってる。
——それでいい。
俺が不安定になったとしても、
俺がここで回復している間、
駿の時間は、ちゃんと進む。
「……俺がいなくても」
一瞬、
そんな考えが浮かんで——
「……いや」
小さく、首を振る。
「……戻る」
完全じゃなくていい。
前と同じじゃなくてもいい。
「……駿が、また焦った顔で来たら」
その時は。
「……ちゃんと、門の上にいねぇとな」
存在を、ゆっくり整える。
ズレた針を、一つずつ戻す。
——時間をあげた日から、
俺は少し壊れた。
でも。
後悔は、ない。
回復が終わったら、
また——あの神社へ。
駿が、
俺を呼ぶ“今”のために。