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(勝手に盛り上がっておるな………)
一同の会話は、洞窟の前で行われていたので、中の赤竜には筒抜けであった。
シトリンの物言いは癒しの竜神様だの、お優しい御方だの、やたらと権威付けをしようとしているように聞こえる。
シトリンが必要以上にこちらに尊崇の念を向けてくるのは、今に始まった事ではないが、あんまり敬われすぎてもちょっと困る。
向こうが敬ってくるのなら、こちらは仰々しい態度を取った方がいいのか?とか、いや普段通りで十分なのか?とか、対応を変えるべきか悩ましくある。
(まあ、普段通りにするより他にないか)
下手に演技をして、普段を知っているシトリンや男衆から違和感を抱かれたりしたらどうするか。
特に男衆の中には、デリカシーの無い者も居ようから、シトリンや赤竜の意図を汲まず『なんか今日は、いつもと様子が違いやすね』などと口を挟まれでもしたら、目も当てられない。
などと思案していると、外の会話は一段落付いたようで、中に入ろうという事になったようだ。
「では、参りましょうか」
シトリンの号令に合わせて、一同は洞穴の中に入った。
外の陽光に目が慣れた一同には、最奥に鎮座する赤竜の姿は見えていない。
松明の回り、ほんの狭い範囲でさえ、ろくに見えていないに違いない。
湯船の前まで来て、いくらか目が慣れ、松明を高く掲げた事でようやく見えたらしい。正確には、もう見えていたが、その巨大な影が生き物であると認識するのが追いつかなかっただけかもしれない。
「おぉ……」
「これが竜神様……」
それぞれに驚きの声を漏らしたり、息を呑んで沈黙したりと反応は様々だが、一様に畏敬の念を抱いている事は、その表情を見れば明らかであった。
その中で最初に、赤竜とコミュニケーションを取るのは、やはりシトリンであった。
「竜神様、お待たせ致しました。先日お話いたしました通り、登山客を連れて参りました」
シトリンは王族として、折り目正しくカーテシーをしながら挨拶をした。
赤竜は相変わらず貴族儀礼は知らないが、シトリンと交流するうちに、高貴な人間はこうするのだという事は理解していた。
「うむ、よくぞ参った。湯を楽しんで行くと良い」
「竜神様のご厚意、まことに痛み入ります。このシトリン・ドゥ・サフィニア、恐悦至極にございます」
シトリンの、元から恭しい赤竜に対する態度が、一層慇懃なものになっている。
赤竜はこれを、自らが遜る事で、竜神の権威を演出しようとしているのだと理解した。
観光客を呼ぶだけではない、ただ湯に入らせるだけではない。最初に来た時に言った、観光地化のための方策の一環なのだろう。
(本当に、よくできた娘だ)
最初は、ただのワガママ娘だと思っていたが、今では実に立派な王女だと思える。
しかし実の所、ワガママ娘という評はさほど間違っていなかったりする。誰彼構わず振り回し、おてんば姫と揶揄される程度には、自由奔放で行動的なのだから。
**********
男衆が手早く湯汲みを終えると、ここからは入浴タイムである。
何故先に湯汲みを終えたかというと、人々が入った後の温泉を汲んできたとなったら、ブランド価値に傷が付きかねないというのが一つ。
もう一つは、男衆に裸を見られるのは恥ずかしいだろうと、事前に意見が出ていたためだ。
シトリンは、その意見をいささか疑問に思ったようだが、ズレているのはシトリンの方だ。
年頃だと言うのに、男の前で躊躇無く裸になったシトリンが世間一般からするとおかしい。
男衆を外に追い出したら、全員で裸になって温泉の浸かるという流れになる。登山客は男二人、女三人、シトリンも合わせて六人である。
その状況に、赤竜はいささかの懸念を抱いた。
シトリンは王女だから、その王女に対してまさか妙な気を起こす男は居ないだろう。しかし、一般人同士ではどうか。
女性の裸に刺激されて、よからぬことを考える男は居ないとも限らない。
その上、用心棒も兼ねていた男衆を追い出してしまったから、事が起きたら止める者は___
(………おらんのではないか?)
一応、女達の方が数こそ多いが、まさか王女に荒事をさせるわけにはいかない事は、竜にだって分かる。男二人が結託でもしていた日には二対三だから、狼藉者を制圧出来るかは微妙な所だ。
赤竜が力で介入するのも躊躇われる。
シトリンの計画を遂行させてやるなら、恐怖の対象に戻る事だけは、何としても避けなければならない。
赤竜は、こいつらは大丈夫なのかと、男二人に目を向けてみた。
一人はガタイの良い中年男。なるべく女達の方へ目を向けないように気を使って、背を向けている辺り、信用できそうだ。
「マイロさん、見ちゃダメよ〜?」
丸い体型をした女が、からかうような口調て中年男の背中に向かって言った。
するとマイロの呼ばれた男は「見ませんよ……」と困ったような声で言い返した。彼の顔には困惑の色が浮かんでいる。
もう一人は、若い細身の青年だ。顔を真っ赤にして、自分が裸になるのが恥ずかしいというのが最優先で、女の裸体に目を向ける余裕も無いようで、こちらも大丈夫だろう。
「スミスさんになら、見られてもいいけどね〜」
先程の丸い女が、また楽しげな口調で言った。
スミスと呼ばれた青年は「あはは……」と乾いた笑いを発しただけだった。彼の顔にもまた、困惑が浮かんでいる。
二人とも、まさかここから暴れたりはしないだろう。
ひとまず、今回は大丈夫そうである。………あくまで今回は、だが。
この場所、ひいては竜の身そのものを観光名所にするとシトリンは言っていた。
ならば、いずれここは(シトリンの計画通りに進めば)大勢の男女が入り乱れて訪れる場所になる。
その大勢の中に、不届き者が居ない保証はなど、どこにも無い。
かつての時代は、竜神の御前だと皆かしこまっていたから治安が保たれていたが、信仰が廃れた今はどうなるか。
(登山客が居ない時に、シトリンに言っておかねばな……)
登山客の目の前で登山客に気をつけろと言うのは、些か配慮に欠けているし、楽しんでくれている所を邪魔するのは悪いという事もある。
と、そんな事を考えていると、一同はすっかり裸になっている。服は、男衆が運んできた組み立て式の棚に畳んで載せてある。
「では、皆さんで共に浸かりましょう。竜神様、失礼いたします」
「うむ」
シトリンの掛け声と共に、皆で湯船に足を踏み入れ、入るや否や感嘆の声を漏らす。
あぁ……とか、おぉ……とか、言葉に出来ない感動が、短い吐息に現れている。
シトリンが、その様子を嬉しげに見つめてから、赤竜に向かって目配せをした。
赤竜も、小さく頷いて返事をする。この試みは成功したという、無言でのやり取りだ。
赤竜は、この洞窟に人が訪れるようになった事を、歓迎……とまでは行かないものの、日々に彩りが出たくらいは思っている。
不届き者は望んでいないが、人が来る事自体は楽しいと思っているし、これから来る人たちに嫌な思いをさせたくないという事は、シトリンと同じ気持ちなのである。
********
「竜神様、本日はありがとうございました」
入浴を終えた一同が、帰る前に挨拶をと、赤竜の元に集まった。
シトリンを筆頭に、全員が頭を下げている。彼らの肌は、温泉の力なのか眩しい程に艶やかだ。
夜目の効かない人間の目では見えていないだろうが、洞窟の外に出た時に驚く事だろう。
すると、ますますここは評判となり、訪れる者も多くなるだろう。その中に不届き者が紛れる可能性も、当然に高くなるわけだ。
(それを話す機会を、作らねばならんな)
赤竜 は改めてそう思い、言葉を続けた。
「うむ、楽しんでくれたなら何より。観光客を連れてくるのもいいが、ロシュフォールとかいう従者も連れてくるといい、あの者も中々いい年であるから癒しは必要じゃろう。それと、あの口髭の男……名はなんと言ったか」
「ディデル騎士団長でしょうか?」
「そう、ディデルだ。あやつはいつもピリピリしておるから、たまには骨休めしろと言って連れてこい」
こちらの茨さん🖌️
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