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白山小梅
12
#借金
スマホのアラームが鳴り、いつものように布団から出ると、普段通り朝食を作るためにキッチンに向かう。ワークスペースに置かれた蕎麦を見た途端、勢いよく後退りをした。その時になって、ようやく昨夜の出来事を思い出したのだ。
そうだ、昨夜昴くんが突然現れて、隣に引っ越してきたと言った。しかも何故か朝食と夕食を私が作る約束をしてーーそうだ、彼の分も作る約束をした。
一晩経って、昴くんの頭から約束のことがすっかり抜け落ちてくれればいいのにーーでもあの時昴はシラフだったし、忘れているなんてことは期待出来なかった。
仕方なくキッチンに立つと、二人分の朝食を作り始める。アメリカにいたのならパン派だろうか。今日は米を炊いていなかったので、どちらにしろパンしかなかった。
リビングのローテーブルに並べ終えた頃、タイミングよくインターホンが鳴る。作っておいて良かったとホッと胸を撫で下ろしながら、鍵を開けに玄関まで行った。
するとそこに、寝癖がたったままの昴が、Tシャツにスウェットという姿で立っていた。その姿を見て、七香は思わず吹き出した。これまでこんなに気の抜けた昴を見たことがなかったので、彼の新たな一面を発見して嬉しくなる。
「おはよう」
「おはよう。やっぱりあの約束は夢じゃなかったのねぇ。作っておいて正解だった」
笑いが止まらなかった七香だが、その時になって自分も同じようにすっぴんであることに気付いて、思わず両手で顔を覆った。
「大丈夫。七香のすっぴんなんか見慣れてるから、今更気にしなくていいよ」
昴は七香の頭を撫でると、彼女を押し退けて部屋に入っていく。
「えっ、見慣れてるってどういうこと?」
「初めて会った時は高校生でメイクなんかしてなかっただろ? 二回目は温泉に入った後だったし、一緒にシャワーも浴びたし。その時と今の七香、大して変わってないから」
すごいことを言われているはずなのに、満更でもない気分になるのは何故だろう。本当ならすっぴんを見られたら恥ずかしいのに、彼の言葉は七香を安心させた。
リビングに入ると、昴は食卓の前にどかっと座り、両手を合わせたかと思うとすぐに食べ始める。
「あぁ、こういう朝食、久しぶり」
「そういえばアメリカでは朝食はどうしてたの? 昼食と夕食しか報告されてなかったけど」
「ほとんど食べてなかった。コーヒーとパンだけが多かったかな。でも今の世の中、そんな人ばっかじゃない?」
彼のアメリカでの生活が少しだけ見えてきた気がした。
「なんかいいね。誰かに食事の世話をしてもらえるなんて、一体何年振りだろう」
「……おかげで私の仕事は増えてますけどー」
「そんなこと言うなよ。お礼として、もし七香さえ良ければ、ムラムラした時に俺が発散させてやろうか?」
「そ、そんなの必要ありませんから! それがお礼だなんて、昴くんの頭はネジが十個くらい取れちゃってるんじゃないの⁈ 朝から信じられない!」
「あはは! その反応、やっぱり七香だよな……」
「な、何が言いたいのよ……」
「わかんないんだけど、七香の反応ってなんか安心するんだ。だからだろうな、俺って人嫌いだからあまり関わりたくないんだけど、七香だけは特別っていうかさ」
そんなこと言われたら、気持ちが揺れそうになるが、彼が言いたいのは"友だちとしての安心"を指しているに違いない。そう考えると、短い時間の中でも七香を特別に感じてくれたのは嬉しいと思った。
安心感で言えば、七香も昴に対して同じような感情を抱いていた。お互いが安心できる存在というのは、友だちとして最高の関係ではないだろうか。
「まぁ私も、こんなに仲良しの異性は昴くんしかいないもの。そうだなぁ、週末に私を労ってくれればいいよ。駅前のケーキ屋さんのケーキで手を打とうじゃない」
「あぁ、あそこ気になってた。じゃあ週末の夕食ははデザート付きってことで」
「やった! というか、スイーツはあれから食べてる?」
「七香のおかげでハマった」
「あはは! じゃあ今度一緒に食べに行こうよ。気になるお店がいっぱいあるんだ」
「いいよ、俺も探しておく」
七香の頭の中はスイーツでいっぱいになっていく。スマホで調べたい気持ちをグッと抑え、身支度にかける時間を考え、パンを一口で頬張った。