私
には聞こえていたのです。あの日、私が母様を殺した瞬間からずっと。
だから私は待ちました。父様に連れられ、お城へと帰る途中で待ったのです。いつかきっとあの人が迎えに来ると信じていました。そしてその人は本当に来てくれたんです! 私の愛しい王子様!! ああ、こんなにも嬉しいことはありませんわ。
でも、どうして? 貴方の手には血が付いているのですか? どうしてそんなに悲しい目をしているのですか? 私を愛していると言ってくれたではありませんか。なのに何故……。
ええそうですよね。分かっています。
だってこれは夢なのでしょう? もうすぐ覚めてしまうのでしょう? ならいいですよ。さようなら、愛しき我が子。
でももしまた会うことができたなら――。
「――もしも次に会うことがあったならば、その時こそお前を殺しましょう」
「おはようございます」
「あぁおはよう」
「……」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「じゃあ行ってきます」
「はい、いってらっしゃいまし」
「今日もいい天気ですね」
「ああそうだな」
「では」
「あぁ」
「……」
「……」
「あ、あの」
「ん?」
「どことなく、歌の歌詞みたいだな。」
「ああ、確かに。」
僕らは暫く黙つたまま歩いた。やがて、遠くの方から何か音楽が流れ始めた。僕は思わず足を止めてしまつたが、鐘島は構はずに歩き続ける。
「おい鐘島!」
「何だい?」
「あれ! あれは何だ!?」
「さあ、何だろう。」
僕らの目の前には巨大な看板が立ち塞がつてゐた。赤レンガ造りの大きな建物はまるで王宮のやうである。僕らはその入り口の前に立ち止つた。
「この建物の中に入ればいいんだろうか?」
「さあな。でもまァとりあえず入ってみようか。」
「おい、待てよ!」
鐘島がドアノブに手をかけようとした瞬間、どこからともなく現れた男が僕らの前に立ちふさがった。男は西洋風の甲冑を着ていた。そして右手に握るのは槍だ。
「ここはお前たちが来ていい場所ではないぞ! 大人しく帰れ!」
男の怒声に僕らは飛び上がつた。だが鐘島は怯まず男に詰め寄つた。
「ここが何処なのか教えてくれないか? 僕たちは迷子なんだ。」
「何を言っているんだ!? とにかくここから去れ!!」
「お願いします、僕らは帰らないといけなくて、元の場所に戻る方法を教えてください!」
僕は半ば懇願するやうに店員さんに詰め寄った。店員さんの肌には血管が透けて見えてゐたが、唇だけは真っ赤な口紅が塗られていた。彼女は大きな目をくるりと動かし、不思議そうな顔をした。
「何故? お客様は当店のお客さまですわ。何かご不満でも?」
「いえ! そうではないんですけど、僕らはその……用事があってきただけで、ここに留まるわけにはいかないんですよ。」
「まあ! そんなこと仰らずに、どうかゆっくりなさってくださいまし。」
「だから、急いでいるんで――」
「大丈夫ですよ、もう心配ありません。私どもがしっかりサポート致しますから。」
彼女の口調は丁寧なのに有無を言わさぬ響きがあり、僕たちはいつの間にか元の場所に戻つてゐた。
「羽田、どうしよう。僕らここから出られないみたいだよ。」
「なんでだよ、おかしいだらうこんなの。」
「君こそどうして落ち着いてられるんだよ!? 僕たち今閉じ込められてるんだぞ!」
「だって、ここで焦っても仕方ないし……。」
「それにしても冷静すぎるだろう!」
「……まさか、君はこういうことに慣れてるんじゃないだろうな。」
「そんなわけあるか! ただ、僕は昔から運が悪いから……きっと今回もなんか悪いことが起こるんだろうなって思ってるだけだ。」
「そういうことを平然と言うところが怖いんだよ君は!!」
「お前らうるさいな!!いい加減黙らんかい!!」
突然の大声に僕らは飛び上るほど驚いた。いつの間にか僕らの背後に大きな男が立つてゐた。男は背広を着ているのだが、肩幅が広く胸板が厚く、どう見ても堅気に見えない。そして何よりその頭髪が異様だった。モミアゲまで金色に染まった髪をオールバックにし、更にその周りに赤いメッシュを入れてある。そんな髪型があるだろうか?
「俺の店を馬鹿にする奴はこの世に生きておれんようにしてやるぞ!」
「わっ! ごめんなさい! 僕たち、決して馬鹿にした訳では……!」
「そうだ。あんたの店が素晴らしすぎてつい見入ってしまっただけだ。」
「ふん。そうか。なら許してやろう。しかし、俺は忙しいんだ。客じゃないんならさっさと出て行ってくれ。」
僕らはその迫力に押されて、何も言い返せずに店の外へ出た。鐘島がぼそりと言った。
「何だあいつ。ガラクタ売りの癖に偉さうにしやがつて。」
僕たちより先に来た少年が悪態をつく。どうやら彼はこの世界の案内人で、この世界の理を教えてくれるらしい。
「まあまあ、そう言うなよ。あの人は僕らのためにわざわざ来てくれたんだぜ。」
「羽田! お前、誰に向かって口を利いてるか分かってんのか!」
「やめなさい、君はいつも喧嘩腰だなぁ。」
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