テラーノベル
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ーー二人は再び交差する。交錯するお互いの刀。
両者の肩に斬られた刻印とも云える血飛沫が、一拍子遅れて噴き上がった。
「互角……ですか」
ユキは肩の傷を気にする事無く、振り向き様に呟く。
「互角? いや違うな。お前の守るべき強さとやら、俺には理解出来んが認めるしかあるまい。だが、そろそろ拮抗は崩れる」
シグレは村雨を突き向けて、ニヤリと微笑を浮かべる。
「隠しても無駄だ。そろそろスタミナが切れるんじゃないか?」
そう。これはアザミも指摘した、ユキのフィジカル面での弱点の一つ。
そもそも強さが互角の場合、最終的には体力差が勝敗に影響するのは、力学的摂理。大人の身体と子供の身体とでは、蓄えられるエネルギーの絶対量が違うのだから。
「関係無いですね。その前に終わらせれば済む事」
確かにそれは図星ではあるが、その前に勝てば全てが帳消しとなる。
“――次で決める! 狙うは奴が刀を振り上げる瞬間”
「ククク、面白い!」
シグレが村雨を振り翳す為、上腕の筋肉が僅かに動いたのをユキは見逃さなかった。
“――今だ!!”
全速前進。距離を一瞬で零にする“縮地法”ーー
シグレが村雨を振り上げようとした頃には、ユキは既にシグレの間合いに侵入していた。
「貰った!」
明らかにユキの行動が一瞬速かった。刀を振り上げようとしているシグレと、刀を振り抜こうとしているユキとでは、どちらの刀が先に届くかは自明の理。
これが避けられる筈は無かった。
“――おかしい……”
斬撃が決まる刹那の瞬間の思考。ユキはある違和感を覚える。
シグレの表情がまるで、この時を待っていたと言わんばかりの微笑を浮かべていたのだから。
“――まさか……誘われた?”
気付いた頃には時、既に遅し。ユキの刀はシグレに届かず。
「いっーーいやあぁぁぁぁ!!」
「ユキぃぃぃぃ!!」
その一部始終を見ていたアミとミオが悲鳴を上げた。上空から雨とも表現出来る水滴が、ユキに降り注いでいたのだから。
その雨はユキの身体の至る所を木っ端微塵に粉砕し、千切れ破裂していく五体からは真っ赤な血で吹き荒れていく。
二人が悲鳴を上げるのも無理は無い。彼の粉砕されていくその過程を目の当たりにし、もはや原型すらも残っていないのだから。
「ブラッディ レイン(血痕の雨)」
それはシグレの特異能ーー“獄水”に依る超水圧の雨。その雨はあらゆる物を粉砕する。
シグレが“血痕のシグレ”と謂われる所以。その象徴とも云える力の一つ。
「勝負を焦り過ぎたな。だが、これで終いだ……」
原型を留めていないユキを見下ろし、シグレはそっと呟く。
その戦慄的な迄の決着に、まるで時が凍りつくかの様に、誰もが震撼していたのだった。
終幕の刻ーーシグレはふと背後に気配を感じ、振り返った。
「なっ! そんな馬鹿な!?」
シグレは驚愕の声を上げる。何故なら、自分の目の前で木っ端微塵になった筈のユキが、何事も無かったかの様に佇んでいたのだから。
シグレは先程の遺骸に目を向けるが。
“――な……何だと!?”
其処には遺骸は無く、氷の欠片が散らばっているだけだった。
「星霜剣 幻氷界ーー“鏡花水月”」
そう呟くユキへ、シグレは振り向き様に刀を振るう。
“――手応え有り!”
確かに刀はユキを捉え、斬る感触まで伝わってきたのだが、それすらも氷の欠片へと姿を変える。
「無駄ですよ」
シグレの周りには幾多ものユキその者が、取り囲んでいた。
「なっ!?」
流石にシグレも、この異様な光景に戸惑いを隠せない。
「「水面に映る月が決して掴めぬ様に、この鏡花水月の前で私の実体を捉える事は出来ません」」
シグレを取り囲む多数のユキが語るそれは、各々の声が鏡面反射の様に、綺麗に重なり合い聞こえてくるのであった。
「ならば全てぶち壊してくれるわ!」
シグレは周りを囲む無数のユキへ、我武者羅に刀を振り回す。
“――どれだ? どれが本体だ!?”
一つ、また一つと無数のユキを斬り崩していくが、その全てが氷の虚像。
「「言ったでしょう? 捉える事は出来ないと」」
氷の虚像から、ユキの声が多重に聴こえてくる。
「舐めるなぁ!!」
“水刃 煉懐壁ーー”
シグレの村雨から全方位に放たれる水の刃が、取り囲む全ての虚像を斬り崩し、その全てが氷の粒子となって霧散していった。
「これならどうだ? ーーはっ!?」
シグレは即座に違和感に気付く。その氷の粒子が青白い形となって、シグレの周りに漂っているのを。
“――雪? これは……しまっ!!”
シグレがそれに気付いた時には、既にその青白い雪が自身を包み込む様に拡大、凍結していった。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
その身体が瞬時に青白い冷気で凍結していき、シグレは絶叫する。
“絶対零度ーー終焉雪”
ユキの特異能ーー“無氷”に於ける最大顕現、絶対零度。
「絶対零度に散れ」
何時の間にか彼本人が、凍りつくシグレの背後で振り返る事無く、そう呟いていた。
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