「じゃあ、今日はここまでってことだよね。何か、参考にならなかったかも知れないけど、ごめんね。ゆず君」
「いえいえ、こっちの『お願い』聞いて貰ってるだけなので、感謝するのはこっちのほうですよ」
「そんな」
ゆず君は「ほんと助かりますー」なんて嬉しそうに言っていた。だからこそ、俺は、言えなかった。俺が、『お願い』を断れ無い体質だってこと。その言葉が、俺にとっての呪いだってこと。
言ってしまったら、悪用されかねないし。ゆず君を信頼していないって訳じゃないけれど。
ゆず君は満足そうに、あのノートをしまって、俺の方を見つめている。もう、帰るのにまだ何かあるのかと、その期待の眼差しを見て思ってしまう。
「ええっと、何? 俺、今から帰ろうかと……」
「デートって、まだあるじゃないですか」
「あるって、何が?」
ゆず君は分からないんですか、とでも言わんばかりに俺を見ている。その宵色の瞳は、俺を見つめて離さない。
俺が、何のことだかさっぱりというように、見つめ返せば、ゆず君が手を引いて歩き出した。何処に行くかも、教えて貰えず、揺れる亜麻色を追っていれば、ホテル街へとたどり着く。ホテル街……と濁してはいるが、ラブホ街。
「ゆゆゆ、ゆず君!?」
「恋人同士のデートの終わりって言えば、ラブホじゃないですか」
「いやいや、話ぶっ飛びすぎだから!」
「僕、ラブホきたことないんですよね~だから、いってみたかったっていう、ただの好奇心もありますけど」
と、ゆず君はルンと弾むように言う。
そんな笑顔で言うことじゃないでしょ、と突っ込みたくなったが、俺は、さすがにまずいだろうと、手を引く。ゆず君は手を離した俺を見て、首を傾げ、また見つめた。
「朝音さん?」
「えっと、ほら、通してもらえないんじゃないかな。男同士だし」
「問題ないんじゃないですか? ほら、今ってジェンダーに寛容ですし」
「うっ……」
「行きたくない……ですか? 朝音さん。でも、僕はいきたいんです。ついてきて欲しいんです。『お願い』します」
と。ゆず君は、俺の両手を握りこむ。
その呪いの言葉を吐かれてしまえば、断れ無かった。俺は無意識のうちに、うん、と首を縦に振って、ゆず君の『お願い』を聞いてしまった。断らなきゃって思うのに、俺の身体は、ゆず君の『お願い』を聞く体勢に入ってしまう。ノーと言える強い男にならなきゃいけないのに。
俺が承諾したことを確認すると、ゆず君は「じゃあ、入りましょう!」なんて言って、俺の手を引いていく。さっきよりも力強く握って、エントランスにはいる。行ったことない、と言ったくせに、うきうきで部屋が移っているパネルを見て、「ここ良いですね」などと、ゆず君は呟いていた。そんな、定食屋に行って「この定食良いかも」なんていう乗りで部屋を選ばないで欲しい。俺からは何も言えないというように、後ろで突っ立って、ゆず君が選んでくれるのを待つ。
ゆず君は、楽しそうに、部屋のボタンを押して、鍵を手にすると俺の手を取ってエレベーターに乗り込む。本当に始めて? と思うぐらいスピーディーだった。
そうして、部屋の前について、ゆず君はいそいそと、鍵をかざして、中に入っていく。中に入ると、大きなベッドが目に入り、俺は思わず目を逸らしてしまった。俺だって、始めてくる。そんな俺の様子を見て、ゆず君はくすりと笑った。
「ウブですね~朝音さん」
「ゆず君が慣れすぎてるだけじゃないかな……本当に初めてだよね?」
「そーですよ。僕、スキャンダルとかとられたことないんで」
「……そういうことじゃなくて」
確かに、プライベートは秘密的なこと書いてあった気がしたけど。と、思いながら、ポンポンと、ベッドでこっちに来てと言わんばかりにゆず君が叩くので、恐る恐る近寄る。だが、俺を途中まで待っていてくれたゆず君は何かを思いだしたかのように、鞄を漁りだした。
「朝音さん、見てくださいよ。これ、つかえると思ってきたんですよ!」
「へっ!?」
鞄の中から取りだしたのは、バイブや丸いピンク色のローターのような、所謂大人の玩具。ゆず君は「昨日、買ってきました」なんて言いながら、それを、手に取る。
「ゆず君、何でそんなもの持ってるの!?」
「そりゃ、使うためですよ。」
「つ、つかわないよね!?」
「使えるかなあって持ってきましたけど、まだハードル高いですよね」
「まだってどういうこと!? ハードル!?」
「朝音さん、初めてなんでしょ? だから、こういうのは慣れてきてから使おうかなあと思いまして」
「え、え、え」
もう、何も答えれなかった。
可愛い顔した天使……いや、小悪魔なんだけど。ゆず君がデート中もそんなこと考えていたなんて信じられないし、信じたくもなかった。
だが、動揺している俺とは違って、ゆず君はやる気満々といった感じで、期待の眼差しを俺に向け続けている。はじめから、今日のデートで彼氏(攻め)、彼女(受け)みたいな感じの設定だったから俺は、受け何だろうなってのは分かってたんだけど……
(ででで、でも、それって、そのセックスするってことだよね?)
ダメだ。想像できない……と、俺は頭を抱える。
「じゃあ、僕お風呂は行ってくるので、上がったら次朝音さんでお願いしますね~」
「ちょ、ゆず君!」
ゆず君は、俺の制止も聞かずに、浴室へと消えていった。
一人取り残された俺は、どうしたらいいのか分からず、とりあえず、ソファに座ってゆず君が上がるのを待っていた。
正直なところ、ゆず君とこんなことになるなんて思っていなかったし、というか、ゆず君は、何であんなにノリ気なのかも分からない。
でも、ゆず君のあの嬉しそうな表情を思い出すと、やっぱり断ることはできなかった。それから、ゆず君と交代してお風呂に入って、腹くくってから風呂場から出れば、バスローブ姿のゆず君がこちらに近付いてきた。
「朝音さん髪下ろしてても可愛いですね」
「かわ……」
「いつも結んでるので、長さあまり想像できなかったんですけど、女性みたいです。これなら、抱けそう」
「わ……あ」
「じゃあ、早速始めましょうか」
なんて、一人で話を進めていくゆず君。こういうのってムードが大事なんじゃ、と思っていると、ふと部屋の空気が変わった気がした。あの、独特な雰囲気と、オーラに一気に包まれていく。そんなことで、戸惑っていればぐいっと腕を引かれ、俺はいつの間にかゆず君にベッドに押し倒されていた。ポタリと、まだ乾いていないゆず君の亜麻色の髪から滴が落ちる。
「ゆず……」
「じゃあ、朝音さん、『俺』とヤろっか」
ぺろりと舌舐めずりした、ゆず君は色っぽくて、何よりも雄臭かった。
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