「手、繋いでもいいですか…?」
夏も終わりを迎えて、秋が色付き始めた9月の夜空の下、隣を歩く俺の恋人はとても初々しかった。
それは日曜日の夜も遅い時間、仕事を終わらせて、それぞれの自宅へ向かう道中のことだった。
今日も新しい人生の門出をお祝いする時間に立ち合わせていただいて、新郎新婦様やゲストの皆様の喜びが少しでも多く溢れるようにと、そのお手伝いをさせていただいた。
拘束時間は長いし、体力も無くなってきている今日この頃ではあるが、やり甲斐のあるこの仕事は、やっぱりとても楽しくて、つい時間を忘れる。
自分が仕事の中で撮ったもの編集するために、もう一度その写真を見返せば、一瞬であの時の幸せも喜びも、感動も、何もかも蘇ってくる。
撮影していても編集していても、いつだって、この幸せに夢中になってしまうので、自然と残業ばかりしている。これだから舘に「残業しすぎるな」と顔を合わせる度に釘を刺されるんだろうな、と思う。
そんなことを考えながら、一ヶ月前にようやく自分の答えを返せた大切な恋人と夜道を歩いていた。
「もう少しで、僕が初めて担当するお客様のご結婚式の日になるんです」
そう言って、村上くんは顔の前で手を合わせて交互にすりすりと擦り合わせていた。
その様子はなんだか、その日にトラブルは起きやしないかと緊張しているようでもあり、早く本番の日になってくれないかと心待ちにしているようでもあった。
その気持ちに覚えがあるな、と遠くでちかちかと点滅を繰り返す乳白色の灯りを眺めながら思った。
「初めてはそわそわするけど、おんなじくらい早く当日にならへんかなって楽しみやもんな」
「向井さんも、一番最初はそんな風に思っていましたか?」
「んー、、今もやな」
「今もですか?」
「おん、俺らからしたらたった三時間半やけど、お客様にとっては人生の中で永遠に残っていく大切な三時間半や。当日最初っから最後まで全部上手くいくゆうん、そんなんそうそうあらへん。」
「はい」
「全部平和に終わるんやったら、それに越したことは無いんやけど、やっぱたくさんの人がたった一つの結婚式に向き合うとったら、何かしらトラブルは起こるもんや」
「はい」
「やから、なんが起こっても全部対応したるって身構えとく緊張感と、今日もたくさんお手伝いさしてもらうで!って楽しみにする気持ちの二つは、いつも持つようにしとる」
「緊張感と、楽しみにする気持ち…」
「今の村上くんもおんなじやろ?」
「はいっ!」
「その感じ忘れんようにしとったら、絶対大丈夫や。君ならやり切れる」
「ありがとうございます!」
「うんうん、素直でええ子やね」
俺の話を、頷きながら聞いてくれる村上くんが可愛くて、歩きながら少し高い位置にあるその頭を、思わずポンポンと撫でた。
村上くんは俺の掌を頭に感じたあと、ぴたっと歩みを止めて少し俯いた。
気を悪くさせただろうか、と俺は瞬間的に臆病風に吹かれた。
ところが、村上くんは下を向いていた顔を少し上げてから俺と目を合わせて、冒頭の質問を投げかけてくれたのだった。
御多分に洩れず、俺は今、かなり困っている。
いや、焦っている?
まっすぐな村上くんの気持ちと村上くん自身の体が、自ら発光しているように思えてきて、外は真っ暗なのに俺の目は眩しさに細まった。
青い、甘酸っぱい、若い。
村上くんの目が、ふるふると不安げに揺れる。
そんな風に見つめられて、俺は情けなくタジタジとうなじを掻いた。
「ぇ、っと…ええよ…?」
そんな歯切れの悪い俺の返答に、村上くんはぱぁあっと顔を明るくさせていた。
その表情に、また村上くんの光が強くなったような気がして、手で目元を覆いたくなった。
直視できない。
こんなにひたむきで良い子が、俺なんかに時間を使っていていいのだろうかと、また余計な不安が生まれていく。
こんなことを思うのはこの子に失礼だと、頭では分かっていても、一度浮かんだ気持ちはなかなか消えてはくれなかった。
ただ一つ、目の前のこの子に不安を与えることだけはしないようにと、ただそればかりしか意識できなかった。
村上くんは、大きな掌を広げて俺の前に出す。
その手におずおずと自分のそれを重ねた。
触れ合って、繋いで、解けないように握って。
途端に俺は言葉に詰まってしまう。
先程まで、するすると自分の口から出てきていたものは全て消えて、頭の中は真っ白になってしまった。
仕事の話ならいくらでもできるのに、いざとなるとこの子に掛けられる言葉がどこにも見当たらない。
そんな風に考えては、申し訳なくなる。
長年、臆病になっては恋愛を避け続けていたツケが、今になって回ってきている。
なんて言ったらこの子は喜んでくれるんだろう。
どんなことを話したらこの子は楽しんでくれるんだろう。
考えれば考えるほど、わからなくなった。
そんな俺とは正反対に、村上くんは繋いだ俺の手の感触を何度も握って確かめては、嬉しそうに笑って言った。
「へへ、やっと言えた。やっと繋げた」
その言葉に、俺の心は痛むばかりだった。
勇気を出して告白してくれたその答えだって三ヶ月ほど待たせた挙句、晴れて恋人という関係になって一ヶ月と少しが経った今になるまで、キスはおろか、手さえ繋いだことがなかったのだから。
恋人らしいこと、付き合ったらすること、愛し合うこと、何もかも始め方がわからなくて、時間だけが過ぎていった。
朝出勤して、仕事が終われば、ばらばらにお互いの自宅へ帰る。
退社のタイミングが合えば、こうして一緒に帰ることもあるけれど、今振り返ってみると、俺は仕事の話ばかりしていたような気がする。
沈黙したまま帰るのは気まずいと思ってのことだったのだが、もしかすると俺は、触れたいと思ってくれていた村上くんの気持ちに水を差してしまっていたのかもしれない。
そう思い至っては、面目なささにただただ眉を寄せて俯くばかりだった。
「向井さん?」
下を向く俺を気にかけるように名前を呼ぶその声にはっとして、寂しくなって、咄嗟に表情を取り繕う。
「っ、ぅん?」
「あ、ううん、なんでもないです」
「ほうか…」
本当はもっと話したいことがある。
できることならもっと近付きたい。
俺が思い描いていた理想とはあまりにもかけ離れているって、ちゃんと分かっている。
それでも勇気が出ない。
あと一歩のところで自信がなくなってしまう。
こんな自分に嫌気がさす。
好きなのに、行動に表せない。
気持ちはあるのに言葉で示せない。
自分らしくない。
歳だって結構な差があるし、本当に俺でいいのかなって、どうしても思ってしまう。
長いこと一人で過ごしていたから、何を話したら良いのか、どう触れたら良いのかもわからなくて、いちいち迷ってしまう。
誰かにこんなに好意を向けてもらったのも久しいことで、どうにも反応に困ってしまう。
嬉しいのに。
幸せなのに。
そこに飛び込んでいくことが怖い。
村上くんの「好き」を素直に受け取ってもいいのだろうか。
そんな俺はおかしい?おかしくない?
そうこうして俺がうじうじと悩んでいる間に、もう別れ道まで来てしまったようだった。
「もう着いちゃった…」
しょんぼりとした表情で口をへの字に曲げて突き出すその顔からは、寂しいという気持ちが全面に出ていた。
「また休み明けに会えるやんか」と言うと、村上くんは「そうですね、うん、、そうですね!」
と言った。それは、なんだか自分に言い聞かせているみたいで、俺は今、またしくじったんだと感じた。
歯の浮くようなことも、相手の心を掴んで離さないような気の利いたことも言えなかったと気付けば、自分の不甲斐なさが居た堪れなくて、もういっそ、どこかの洞穴の中にでも閉じ籠りたかった。
口に出してしまったものは取り消せない。
自分一人重苦しく感じているこの空気をどうにか晴らしたくて、俺は「ほなまたな、お疲れさん」と村上くんに言って、繋いだ手を離した。
「お疲れ様でした」という声が寂しそうで、やけに耳に残った。
「っだぁぁああああッ!!俺のアホ!!」
「普通に接したらいいじゃない」
「…それができんから悩んでんのやて…」
「相変わらず怖がりなんだから」
どうしたらこの靄がかった霧を晴らせるだろうか。
どこまでもまっすぐで健気なあの子と、曇り一つない気持ちで向き合いたい。
そんな気持ちで帰宅してすぐに、俺は縋るように舘に電話をかけた。
今日はしょっぴーの帰りが遅いのか、俺のグダグダな、まとまりもなければ解決の糸口も見つからないような相談を親身になって聞いてくれた。
舘とこうやって長電話するのは珍しくない。
と言っても、お互い近所に住んでいることもあって、舘の店に行ってしまった方が早いから、大抵は直接会って、閉店間際のカフェで取り止めもない話をすることの方が多い。
俺の中でモヤモヤと濁る悩みをぎゅっと一つにまとめるなら、つまりは自信がないのだ。
年も離れている。
たくさんの輝かしい未来があの子を待っている。
俺なんかに構っている時間があって良いのだろうか。
俺は俺で、恋愛偏差値が異常に低い。
スキンシップも、甘い愛の囁きも、何一つわからない。
恥ずかしくて逃げに走る癖は一向に治らない。
そんな不安と自己不信が混ざり合っては、俺の頭を侵食する。
あの日、「いつかきっと」と言ってくれた舘なら、またなにか良い言葉をくれるかもしれないと、その一筋の光に一直線に向かって「今のこの状況打破するもんないか?」と舘に尋ねた。
返ってきた舘からの答えは意外なものだった。
「阿部と話してみたら?」
舘が言ったことがうまく理解できなくて、「なんて?」と聞き返すと、舘は電話越しで言葉を続けた。
「覚えてる?パーティーにいたふわふわの子」
「あぁ、あの人やろ?めっちゃ優しそうな人。あんま喋られへんかったけど、黒髪ぱっつんの子とイチャイチャしとった」
「そうそう、その子。あの子も最初は康二と同じ感じだったよ」
「ぅえ!?ホンマ!?あんなイチャついとったんに!?」
「うん。それにあの子も年下の子から猛アピールされてた子だから、なにか良いヒントもらえるかもよ?」
「せやけど、俺、阿部ちゃんやったっけ?の連絡先知らんよ?」
「………」
「…んぉ?だて?」
交互に交わしていた会話が突然途切れたことを不審に思って、耳からスマホを離して画面を確認すると、通話が切れていた。
電波が悪くなってしまったのだろうか。しかし、もう一度電話をかけるにはあまりにも夜が更けていたのでやめておいた。
「急に切れたんやけど大丈夫か?電話ありがとうな」
とだけメッセージを残して、俺は風呂場へ向かった。
翌朝、目を覚ましてからまず最初にスマホを確認すると、朝の7時に舘から返信が来ていた。
「昨日はごめんね。翔太帰ってきてたみたいで、あの時急に寝室に強制連行されちゃって、そこから携帯見られなかったの…」
とのことだ。
そこかしこ、みんな自分の恋人と過ごす時間が幸せそうで、羨ましい。
俺も、気張らな。
そう思いながら、顔を洗いに洗面台へ向かった。
今日は一週間ぶりの休みの日だから、やることがたくさんある。
朝ごはんを軽く食べたら、掃除と洗濯をして、それからカメラの手入れもしたい。
夕方頃になったら買い物に出掛けて、一週間分のご飯の作り置きもしなくては。
なんだかんだ忙しくて、毎週週休二日のうちの一日はこうやって家のことをして潰れてしまう。
仕方がないが、少し物寂しくもある。
気にしていても仕方がないので、さっぱりした顔をぺちっと叩いて、台所へ向かった。
掃除と洗濯も一通り終わって、カメラの手入れも満足のいくところまで出来た。
お昼ご飯を食べて、やっとゆっくり過ごせる時間になった。
特にこれと言ってすることもないので、ソファーにゴロンと寝転がってスマホの電源を点けると、村上くんから連絡が来ていた。
「こんにちは、今度のお休みの日、またご飯行きませんか?」
そのお誘いに嬉しくなって、「今度はどこ行こか?」と返した。
スクロールして、村上くんとの会話を上から順に振り返る。
頻繁にやり取りがあるわけではないが、仕事の話やふとした瞬間に撮った写真の共有などをしていた履歴を見ては、心がぽかぽかと温かくなっていく。
その温もりに眠気を誘われるまま、俺はソファーの上で目を閉じた。
真っ白い世界の中で、今何時や?という疑問が頭に浮かんで、そこで目を覚ます。
窓の外を見ると、西陽が入り込み始めていた。
あっという間に日が暮れる時間がすぐそこまでやってきていて、俺は少し焦りながら買い物カバンを提げてスーパーへ出かけた。
今日は何を作ろうかと考えながら、野菜や肉をじっくりと選ぶ。
作り置き用の食材、残り少なくなってきている調味料、気になった調理器具をかごに入れていく。朝ごはん用の食パンの賞味期限をチェックしてから決めようとそれを手に取ったところで、近くの卵売り場で両手に卵を持って悩んでいる見覚えのある顔に出くわした。
思わず声をかけると、その人はやっぱり、阿部ちゃんだった。
昨日、舘から阿部ちゃんの話を聞いて、ぜひとも会いたいと思っていたが、会う手段も見当がつかないと半ば諦めていたところに訪れた偶然だった。
俺は少し恐縮するように阿部ちゃんをご飯に誘った。
阿部ちゃんは快く了承してくれて、俺たちは連絡先を交換した。
ここで巡り合えた幸運をありがたく思いながら、阿部ちゃんと別れ、俺はレジで会計をしてスーパーを後にした。
穏やかなお休みの日の昼下がり。
いつものようにオーナーのお店で勉強をして、少し休憩しようかなと思ったところで、お昼ご飯が目の前に置かれた。作ってもらったマカロニグラタンをスプーンの上で、ふーふーと冷ましていると、オーナーが僕の横に座っていることに気付いた。
「どうしたの?」と聞くと、オーナーは「康二とはどう?」と僕に尋ねた。
「昨日、初めて手繋げた!」
「そう、それはよかったね」
「うん!向井さんの手、あったかかった!」
「ラウから手繋いだの?」
「うん、繋いでも良いですか?って聞いて、いいよって言ってくれたの」
「そっか、頑張ったね」
「向井さん、こういうの苦手だって言ってたから、僕がリードするの!」
「あの子、この手のことになるとすごい恥ずかしがり屋だから、そう言ってくれてありがたいよ。めげずに引っ張ってあげてくれるかな?」
「もちろん!」
そこまで話をした後、オーナーはお客さんの注文を取りに行った。
僕はグラタンを食べながら、「またご飯行きませんか?」と向井さんへ連絡をした。
楽しそうにお客さんと話をしながら注文の内容を聞くオーナーを観察して、僕はお気に入りの手帳に「お客様と接する時は、気持ちの良い笑顔で」と書き込んだ。
あっという間に一週間が過ぎて、阿部ちゃんとのご飯の日になった。
指定された住所まで徒歩で向かい、エントランスで部屋番号を押してからインターフォンのボタンを押すと、「はい」と落ち着いた低めの声が聞こえてくる。
阿部ちゃんの声ではなかったから、おそらくその声は黒髪ぱっつんの彼氏の方だろうと合点して、「向井です〜」とマイクに向かって返事をした。
「はーい、開けるねー」という声と共に部屋に続くガラスの自動ドアが開いた。
「おおきに」と最後にマイクに向かって声を掛けて、その扉を潜った。
阿部ちゃんの家の階までエレベーターで上がり、部屋の前でもう一度インターフォンを押してから、先ほどと同じやり取りをして、上がらせてもらった。
広い玄関で阿部ちゃんとその彼氏、目黒くんが出迎えてくれる。
先日彼をテレビで見た。
毎週放送されている冠バラエティ番組で、この間ザリガニを釣っていた。
楽しそうに釣竿を垂らすその姿が少年のようで、母性をくすぐられるような可愛げのある人だと勝手に思っていた。その予想はどうやら当たっていたようで、今俺の目の前で目黒くんは、阿部ちゃんにくっついて少年のようにニコニコと笑っていた。
「お邪魔しますー!今日はホンマ突然すんません!」
「いえいえ!全然!来てくれて嬉しいです!」
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
二人はそう話しながら玄関先で自然な流れで手を繋いだ。
幸せそうに見つめ合うその光景が、なんだかとても眩しくて、切なくなった。
俺はそんな胸の詰まるような気持ちを誤魔化しながら、二人の後に続いていった。
「それで、どうしたの?」
めめからの突然の質問に俺の背筋はピシッと固まった。
ご飯を食べながら、阿部ちゃんはどんな仕事をしているのかとか、目黒さんは休みの日はあるのか、とか、当たり障りのないことを聞いていたら、目黒さんは「めめでいいよ」と言ってくれたのだ。そこからは、遠慮なく愛称で呼ばせてもらっている。
反対に俺も仲良くなりたかったから、名前で呼んで欲しい、敬語は無しで、と二人に伝えた。
そのめめは、唐突に核心を突いてきた。
阿部ちゃんもそこに乗っかるような形で俺に問い掛けた。
「うん、人目を気にしてるみたいだったから、俺たちの家にさせてもらったけど、なにか危ないこととかに巻き込まれてるとか…?何かできることがあったら、なんでも言って?」
心配そうに俺を見つめる二人の視線に胸が痛くなる。
二人の中で話が大きくなっとる…。
事前に言うとかんかった俺が悪い…。すまん……。
そんな大袈裟なことやないねん…。
別の意味で言いづらくなってしまったが、どうしてもこのモヤモヤは解決させたくて、俺は重たい口をぐぐぐ…と開いて、二人に質問した。
「年下の子と付き合うんって、どんな感じで過ごしたらいいん…?」
二人は案の定ぽかんとしていた。
何度も目を瞬かせていて、俺は心の中で「そらそうなるわな」とぼやいた。
少しのシュールな沈黙と、二人の考える間が過ぎた後、めめは一言だけ言った。
「年は関係ないんじゃない?」
阿部ちゃんもめめに続いた。
「うん、俺たちも少しだけ年は離れてるけど、あんまりそういうの気にしたことないな」
「自信ないとか、思わんの?」
「初めは、蓮くんのアピールに戸惑って、俺で良いのかな?って自分で勝手に不安になってたけど、 真っ直ぐに「俺が良い」って蓮くんが言ってくれるから、自信が持てたの。それに、 俺も「蓮くんがいい」って思える勇気をもらえたの」
「亮平……。好きッ…!!」
「あははっ、俺も好きだよ。…蓮くん、ちょっと苦しい…っ。…えっと…こんな感じで、いつも俺だけを愛してくれるの。康二も、ラウールくんの気持ちを真正面で受け止めてみるだけでも、なにか変わるんじゃないかな?」
「恥ずかしくなって、逃げてしまうんよ…」
「そうだね、蓮くんもだけど、ラウールくんもまっすぐだから、眩しくなっちゃうよね。でも、嬉しいなって思うなら、それだけでも言ってみるのはどう?」
「俺も、好きって伝えたいんやけど、引かれたりせぇへんかなって怖いんよ…」
めめはスマホを見ながら俺の不安に助言をしてくれた。
「相手が何してても何言っても、可愛く見えるからそこは心配しなくて良いと思う」
「蓮くんもこう言ってるし、もっと自信持って!ラウールくん、康二に会いたい、会えるまで頑張るって、ずっと面接練習してたんだよ。そんなに愛されてるなんて、素敵だね」
「…おん、せやな…。そないに頑張って会いにきてくれた子相手にいつまでもウジウジしとったら失礼やんな」
「康二の気持ちもよく分かるけどね、俺もいつまでもウジウジしてて、自分の気持ちもよくわからくて、たくさん蓮くんを待たせちゃったから」
「それでも亮平が好きだったから、いくらでも待つつもりだったよ。色々言ったけど、やっぱり直接話し合うのが一番良いんじゃない?」
「やんなぁ…なんて言お…」
「深く考えなくて良いんじゃない?ほら、もうすぐで…」
「ん?」
めめが先ほどから眺めていたスマホから目を離して、インターフォンの画面を見ようと後ろを振り返った瞬間、チャイムの音と共にその液晶が明るく光った。
立ち上がってスピーカー越しに「開けたよー、入ってきて」と声を掛けて数分後、また来客を知らせる音が高らかに鳴った。
めめが玄関まで来客を出迎えに行って、戻ってくると、その後ろには村上くんがいた。
「な、なんでおるん!?」
「目黒くんが、向井さん来てるけど夜遅くなっちゃったから、迎えに来て欲しいんだけど、来れる?って連絡くれたの」
「そ、そうか…ぁ、ありがとう…」
「いえいえ!へへ、お休みの日に向井さんに会えた。うれしい!」
「っ…」
「あとは、二人でゆっくり話してみて?絶対大丈夫だから」
「うん、大丈夫。気を付けて帰ってね」
「ぉ、ぉん…、ほな、ご馳走様でした。片付けもせんとお暇さしてもらうん、申し訳ないんやけど、、」
「全然いいよ、亮平とリレー皿洗いするの楽しいから」
「そ、そうか…ほんなら、お言葉に甘えさしてもらいます、ホンマおおきに。ほなね」
「はーい、おやすみなさい!」
「阿部ちゃん、目黒くん、またねー!」
「うん、おやすみ 」
阿部ちゃん達の家を出て、村上くんと並んで歩く。
自信を持つ、と決めたは良いものの、うまく言えるだろうか。
でも、もう逃げるのはやめにしよう。
村上くん、そう呼ぶ度に寂しくなる。
もっと近付きたい。
逃げ続けていたくせに、俺の心が寂しさに喘ぐ。
「明日からまたお仕事ですね、向井さんは何時に出勤ですか?」
向井さん、そう呼ばれる度に心細くなる。
もっと触れて欲しい。
そこで俺の臆病な心が、ぷつっとシャットダウンした。
恋しさが爆発する。
こうなったら止められない。
今この瞬間から、俺の気持ちも言葉も、何もかもが溢れ出して、堰き止められないほどになりそうな予感がする。
俺はピタッと足を止めて、恋人の服の裾を掴んだ。
つまんだ人差し指と親指が、緊張と不安でプルプルと震える。
受け入れてくれるやろか。
引かれんやろか。
変わらず好きでいてくれるやろか。
意を決して、俺は目の前のその子を見つめて伝えた。
「ぃやや、、らう……康二って呼んでや…」
「……へ?」
今起きている状況を飲み込もうと、僕の頭は慌ててフル回転を始めた。
目の前には、ずっと好きで、やっとお付き合いさせてもらえた恋人の姿。
僕の長袖Tシャツの裾をちまっとつまんで、僕を見つめている。
不安そうに眉毛が真ん中に寄っていて、その目はうるうると潤んでいた。
僕の方が身長が高いから、自然と上目遣いになっているその瞳が、僕に何かを訴えかけているみたいだった。
いろんな感情が後から後から押し寄せてくる。
初めて名前を呼んでくれた。
嬉しい。
泣きそうな目が可愛い。
指が震えてる。
守ってあげたい。
初めて求めてくれた。
叶えてあげたい。
僕はまだまだ恋愛初心者。
どうしたら喜んでくれるのか、何をしたらもっと好きになってくれるのか、毎日探しているその途中なんだ。
だけど、僕と一緒にいてくれる時間は、少しでも多く楽しいって思ってもらいたい。
僕ができる最大限で大好きって伝え続けたい。
恋することが苦手だと言っていたこの人が、僕との時間を少しでも安心して過ごせるように。まだまだ恋愛ルーキーの僕だけれど、精一杯にカッコつけて、大好きなその人の頬を親指の腹で撫でてから、そこに手を添えた。
得意じゃなくても、自信が持てなくても、いいんだよ。
その分、僕が引っ張っていくから。
不安も心配も、僕にちょうだい?
全部全部、僕が受け止めるから。
だから、そんな悲しそうな顔しないで?
そんな気持ちをありったけ込めて、僕は潤むその瞳を見つめながら伝えた。
「大好きだよ、康二くん」
次の瞬間に見開かれた大きな瞳に吸い込まれて、僕は向井さん…ううん、康二くんに口付けた。
唇を離すと、康二くんは腰が抜けてしまったのか、その場にぺたんと座り込んでしまって、僕はとても焦った。
「大丈夫!?ごめん、、っ、嫌だった…?」と慌てて聞くと、康二くんは首を大きく左右に振って否定を示したあと、また潤みきって熱っぽい上目遣いで僕を見つめながら口を開いた。
「っらう、、っすきや……」
刹那、びりっと衝撃が走った。
全身がゾクっと波立った。
かわいい。
食べたい。
もっと触れたい。
もっと泣かせてみたいという自分の良くない煩悩が姿を現したところで、僕は思考を強制終了させた。
いけないいけない、と頭を大きく振ってから、康二くんの前に手を差し出した。
僕の手を素直に取って立ち上がってくれた康二くんの手をそのまま握り続けて、僕は康二くんを家まで送り届けるため、また歩き出した。
先ほどの康二くんの表情が何度も蘇る。
康二くんの中には、とんでもない魔性が潜んでいる。
そんな考えがいつまでも頭から離れなかった。
身体中を駆け巡ったゾクっとする感覚が癖になりそうだった。
もっと見たい。
奥底に隠れていた僕のいじわるな心が、少しずつ顔を出し始めていた。
To Be Continued ……………………………
コメント
8件
きゃー😆良いところで、、、らうちゃん🤍
あー!こんないい所で! キュンキュンしました!🫣
康二くんの破壊力、半端ないです、。可愛すぎます🤦♀️