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落ち着かない。
「刑場までは、私が同行しますので。ね、エトワール様」
「……」
ニヒルな笑みを浮べて、馬車に乗り込んできたのはメイドに扮したエトワール・ヴィアラッテアだった。彼女は楽しくて、楽しくて仕方ないのだろう。同じ魂が近くで交わったら危険だというのに、私が今日処刑されるからとうきうきして仕方ないのだ。そういう心配はきっと頭から零れてしまっているのだろう。どうでもいいけれど。
刑場までの我慢だと、私は顔を逸らした。
見窄らしい白い布きれに身を包み、長かった銀色の髪はばっさりと切り落とされ、手には何重にも縄が巻かれている。本当に、罪人、という言葉にぴったりな装いだ。
罪の意識は消えない。殺したという感覚がなくても、私が殺したのだと。直接ナイフのように肌に突き立てたわけじゃないけれど、それでも、目の前で私のせいで死んだのを見てしまってから、何度も悪夢にあらわれた。名前も顔も覚えていないけれど、殺した人達の怨念が私にまとわりついて離れてくれなかった。耳元では「死ね」、「死んでしまえ」と囁いてくる。
ああ、なんでこうなったんだろうか。
「刑場につくまで、お話をしましょう」
「……」
「無視?まあいいけれど」
くすくす、とエトワール・ヴィアラッテアは笑っている。私は笑えないから、笑わない。徹底的に無視を貫きたかった。けれど、貼り付けられたかのように、彼女の顔から目がそらせなかった。嫌でも、彼女の声が入ってくる。
最後の日ぐらい一人にさせて欲しかった。これから、大勢の群衆の前で殺されるというのに、最後の最後まで嫌な気持ちになってしまった。
「そう言えば、二日前だったかしら。アンタの牢に、あの赤髪がきていたみたいね」
「……っ、んで……?」
「気づいていないとでも?まあ、最後だから、特別にね。でも、逃げなかったのね。あんなに彼奴がリスクを冒してあいに来てくれたって言うのに。本当にアンタって空気読めないのね。人の心を踏みにじって、善意を受け取らなくて」
「アンタに言われたくない……それに、分かっていたなら、途中で私を捕まえたんでしょ?」
「そうねえ、あと一歩で逃げられるって所であの赤髪を殺していたでしょうね」
「……っ」
「だから、残念。もっと、アンタに絶望して欲しかったんだけど」
と、エトワール・ヴィアラッテアは笑っていた。
正直、越えては行けないラインを越えているような気がした。私は怒りに震えながらも、やはり私の選択は間違っていなかったとほっとする。もし、アルベドとあの夜逃げていたら、アルベドは殺されていただろう。それを回避できただけでも良かったと……
(……傷付けたけど、それでも、いいよね)
自分を肯定して、どうにか保つことで今ここにいられる。そうじゃなかったら発狂していたかも知れない。この悪女の前にいて、逃げ出さずにいられるのは、自分を見失わずにいられるのは、少なからずあの夜の選択肢が間違っていなかったから。
今頃アルベドはどうしているのだろうか。バカだな、って刑場にきて、私の最期を見届けるだろうか。それもそれで嫌だな。
「アンタは、アルベドの事嫌いなの?」
「そうね……同族嫌悪かしら」
「アンタと、アルベドは一緒じゃないわよ。アンタとは違う」
同族嫌悪なんて馬鹿馬鹿しい。そんな言葉でアルベドをまとめないで欲しい。絶対に違うと、私は首を横に振った。でも、エトワール・ヴィアラッテアが、アルベドが嫌いというのは、言葉の節々から感じられて、私はとても嫌な気持ちになった。
彼女が知っているのか、知らないのかは不明だけど、アルベドだって攻略多キャラなわけで、もしかしたらエトワール・ヴィアラッテアを好きになる可能性だってある訳なんだから。はじめから切り捨てるっていう選択肢をとっている時点で、何かあるのだろう。
(全然似ていない……同じにしないで)
性格がねじ曲がっているエトワール・ヴィアラッテアと、手段はどうであれ人のことを思っているアルベドとは天と地の差なのだ。それを、同族嫌悪という言葉でまとめないで欲しかった。
「そうかしら。案外似ているんじゃない?彼奴だって、誰かに愛されたいって思ってるのよ」
「……」
「私には分かるわ。虐げられ、嫌われ、差別され……誰も信用出来なくなって、それでも誰かに愛して欲しいって気持ちがね」
「…………」
「それをアンタは蹴ったのよ。彼奴から与えられた愛をね」
エトワール・ヴィアラッテアは知ったようにそういった。
愛を求めていた……それは、何となく分かっていたのかも知れない。でも、手を取れない理由があって、きっと、アルベドはそれよりも自分の理想を信じて進んだだろう。愛して欲しい……その気持ちは私にだってあった。でも思うだけで、私はいつもその手を振り払ってきた。
リースのことだって、リュシオルや、他の皆も。
私に差し伸べられた手に気づかず私は走っていた。その自覚はあった。
アルベドが、愛して欲しい、なんて口にしたことはなかったはずだ。彼はそんな、愛云々で左右される人間じゃない。私はそう思っている。
「アンタが愛を語らないで……アンタは、その性格じゃ、誰にも愛されない。魔法で人の心を奪ったとしても、満たされることはない」
「まるで、負け犬の遠吠えね。いいのよ、それでも。魔法で麻痺した心はいつか本当になる。操られていたのかすらも曖昧になって、それを受け入れるようになるわ。時間はかかるかも知れないけれど、魔法は人の心を徐々に侵食していくものよ。アンタの愛しの皇太子殿下だってきっとそうなるわ」
「……っ。リースは、そんなんじゃない。アンタは分かったようなこと言うけど、そんなんじゃないんだから」
「どうでしょうね。以外とすんなりいくものよ。アンタを失った悲しみで出来た穴を魔法でねじ曲げ埋めることは」
エトワール・ヴィアラッテアはクスクスとまた笑う。凶悪な笑みに私は視線を下に落とした。もう何も出来ない。彼女のいったとおり世界は作りねじ曲げられるかも知れない。そうなったら、本来のヒロインはどうなるのだろうか。トワイライトが虐げられる? そんな世界になるのだろうか。此の世界に生きる全ての人に魔法をかける事なんて実質不可能だ。何万、何千万と人は存在する。そんな人たちに魔法をかければ、魔力の枯渇で死んでしまうだろう。でも、聖女なら……可能なのかも知れない。
(アンタのための物語じゃないのよ……)
リュシオルが、エトワール・ヴィアラッテアが幸せになれる世界があるといっていた。でも、彼女が作ろうとしている世界はきっとそれから離れているのだろう。正規ルートじゃない。誰かが作ったオリジナルの、二次創作だ。
そこに歪みは生れてしまう。
「ああ、楽しみね。此の世界が私の為だけのものになるんだか。今から楽しみで仕方ないわ。身体を取り戻して、私が愛される世界が作られるの」
「……」
「アンタは指をくわえてみていればいいわ。ああ、でも、私がアンタの身体を奪ったら、アンタの魂は何処に行くんでしょうね。此の世界に留まっていられるかしら?」
「……アンタだけは絶対に許さない」
「負け惜しみ」
エトワール・ヴィアラッテアは愉快そうに口を三日月型に開く。
負けが確定しているこのゲーム。勝ち目なんてないし、リセットも効かない。だから、どれだけいっても、彼女のいうとおり負け惜しみになってしまうのだろう。変わらない事実に、罪に……私は絶望を抱えたまま死ななければならない。
目の前に殺したい相手がいるのに、彼女は不透明な存在だから殺せない。
短くなった銀色の髪が風で揺れたような気がした。怒りに震える拳は、指先の感覚がもはやない。
悔しい、憎い、殺したい。
私が、このゲームを始めて最初に彼女に抱いた感情がこれだった気がする。最悪非道の凶悪な悪女。醜い感情の塊みたいな少女。それが、エトワール・ヴィアラッテアだ。
馬車から私がのぼるであろう断頭台が見えた。ギラリと光るギロチンの刃を見て、私の瞳孔はめまぐるしいぐらい揺れた。遠くに聞えていた群衆の声が近付いてくる。
ああ、もうすぐだ。私の物語は終わる。
私はもう一度ギュッと拳を握った。そんな私の拳に、綺麗で汚れている手をエトワール・ヴィアラッテアは重ねてきた。
「残念ねえ。アンタは悪役として物語を終えるんだから。ふふっ、これがバッドエンドっていうやつね。ざまあないわ」
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