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馬車から引きずられるように降ろされる。足が絡まり地面にこけても誰も助けてくれなかった。擦り剥いた膝から血が流れ出す。私がちっとも立たないから、ついてきていた男の一人が私の髪を持ち上げて無理矢理立ち上がらせた。扱いはもはや人間じゃない。
「ふふっ、ほんと無様ね」
「……」
メイドに扮したエトワール・ヴィアラッテアは私を見下ろして笑っている。彼女の悪魔の笑みを見て、私の心はずたずたに切り裂かれる。本当に人の心がないと。
笑っていられるのも今のうち、なんていいたいけれど、その言葉はどちらかというと彼女が使う言葉なような気がした。私は、そこまで性格が悪くないって言いたい。少なくとも彼女よりかは。
「さっさと歩け。エトワール・ヴィアラッテア」
「……っ」
バシンと鞭のようなものが私の背中を叩いた。痺れるような痛みが全身に広がっていく。悲鳴を上げる声すら出なくて、私の叫びは喉の奥で響く。目から涙が零れようが、縛られている手ではふくことすら叶わない。
男に睨みを利かせることも出来ず、私は道の真ん中を歩かされた。まるで、見世物。
道の両側から人々が私に罵倒を浴びせてくる。怒り、殺意、悲しみ……全ての感情がこもった声が私を両側から圧迫した。
「来たな、悪女が」
「やっぱり偽物だったんだ。災厄はお前を殺さなきゃ終わらない」
「お前のせいで」
「早く死んじまえ」
死ね、死ね、と心ない言葉を浴びせてくる。それにいちいち反応していてはダメだと、私は右から左へ抜けていくように石が敷き詰められた地面を見ながら歩く。匿名よりも恐ろしいな、と感じた。顔が見えないから何でも言えるネットじゃなくて、顔が見えてもこんなに酷い言葉を浴びせられるんだと思った。変な一体感が生れているからだろう。
私という悪女を皆で罵る。偽物は許せない、ルールから反している。だから、此奴は悪なんだと、此奴は世界にいちゃいけないんだという。社会のレールから外れた存在は徹底的に排除する仲間意識の表れか。どうでもイイ。
何度も何度もこけそうになりながら私は自分がのぼる断頭台へと向かって歩く。道中石を投げられ、頭から出血しようが、卵を投げられ肌に気持ち悪い感触が走ろうが、私は足を止めちゃいけなかった。
ここにいるのは皆平民だ。少し行けば貴族らしき人達も見えたが、その人たちからの罵倒は、まあ、あの会場にいた人なら許せないわけでもない。そこの罪の意識はある。でも、この人たちに私が何かしただろうか。
自分が世界を救ったなんて言わない。でも、少なくとも災厄を打ち返すために全力を尽くした。それを彼らはなきものにして、手柄を全て本物の聖女であるトワイライトのものにした。彼女だってそれに関して困惑していた。何度も違うと声を上げてくれたが、彼女を神聖視する人達の声に飲まれ、トワイライトは自分を神聖視する人達を見放した。もう信じたくないと。
彼女がそこまで言うのは珍しかった。私はそんなトワイライトを抱きしめた。彼女の味方でいてあげたかった。私は、彼女をたてる悪役になったとしても。
「全ての元凶」
「本物の聖女に謝れ」
「今日という日をどれだけ心待ちにしていたことか」
「偽物に制裁を」
何も知らないんでしょう。本当に馬鹿だな……
私は、彼らに憐れみの目を向けながら、ようやく断頭台へと上がる。革命が起っていたフランスのことを思い出す。授業でしか見たこととがなかったそれを、目の前に私は複雑な感情を覚えた。見世物だから、断頭台はかなり高い位置にあり、集まった人達を上から見下ろせた。今この瞬間だけ、彼らを見下ろせるのだ。まあ、そんな恨みも何もないけれど。
平民らしき格好の人、貴族のように上等な服を着ている人々など刑場に集まった人達は様々だった。そして、誰もが私の死を望んでいる。本当に複雑だった。
魔法があるのに、死刑執行のやり方は意外と古典的なんだとか、そういうのもあった。
痛くない? いや、それは分からない。でも、抵抗するまもなく振り落とされて、頭がちょん切れるのは確かだろう。
ふと顔を上げると別の場所に用意された大きなテラス席に見慣れた人物が座っていた。
(皇帝……陛下……)
まあ、いるのは予想できたのだが、皇帝の威厳、見たいなそんなオーラを放ち私を見下ろしていた。そう言えば、三日後に皇位継承が行われるといっていたけれど、この様子じゃまだその皇位は譲られていないのだろう。リースはまだ、この国のトップになっていないと。
(そう言えば、皆は……?)
探したくないし、こんな姿見られたくないのだけど、それでも探してしまう自分はいて、高い断頭台から、群衆の中から、私の親しい人を見つけようと思った。全席は、位の高い貴族で固められているらしいが、そこにブライトやアルベドの姿はない。リースの姿も見当たらない。もしかしたら、皇帝陛下に止められた? いや、でもあの皇帝はあまりにも性格が悪いため、息子の愛しい人の処刑シーンを見せるだろう。結婚式の時、あんなに遠くにいても、いつだってあの黄金を見つけることが出来ていたのに、何故今日は見つけられないのだろうか。
(あれって、ルクス?ルフレ?)
ようやく、見つけることが出来たのは、あのピンク頭の双子だった。彼らとは目が合わなかったが、震えているようにも見えた。ルクスは、ルフレの目を塞ごうとしたが、それをルフレは拒否している。兄らしい姿のルクスと、それでもしっかり見届けなければいけないと思っているルフレの姿に少しだけほっこりしてしまった。彼らのことはあまり好きじゃなかったけど、近所の子供、みたいな感覚で面倒くさいながらも思い出としては残っている。まあ、凄く巻き込まれたのはいうまでもない。
(リュシオル……アルバ……)
少し離れた所に、リュシオルの肩を抱いて私を見上げている二人の姿が見えた。リュシオルは見ていられないと顔を覆って泣いているようだった。親友のそんな姿を見て、私も胸が痛くなってきた。アルバとは最近喋れていなかったし、そう言うこともあって罪悪感が沸き上がってきた。アルバは、グランツの代わりに、と私が指名した騎士だった。女性であることをコンプレックスにしていたけれど、彼女は強く、美しかった。グランツのことをたたき起こしてくれたのも彼女だったから。二人には本当に救われてきた。
(グランツ……トワイライト、ブライト……)
彼らを見つけるのはそこまで時間がかからなかった。トワイライトはずっと私に向かって何かを叫んでいた。きっと「お姉様」なんて叫んでいるんだろう。分かる、彼女の気持ちは。そして、そんなトワイライトが走って行かないようにとブライトが止め、グランツはあたりを警戒していた。けれど、スッと顔を上げてその翡翠の瞳に私を映した。いつもは空っぽなくせに、今日はその翡翠の瞳が潤んでいる気がしたのだ。泣きそうな少年の顔。そして、ブライトは苦しげな表情を浮べ何度も目を伏せて首を横に振っていた。彼も、きっと罪悪感を胸に抱いているのだろう。三人とも本当に優しかった。
その他にも、聖女殿で私によくしてくれた人達や、プハロス団長、ヒカリ、ルーメンさんの姿を見つけた。
(リースと、アルベドは?)
けれど、残りの二人を探そうと思ったが、どうにも見つけることが出来なかった。思えば、ラヴァインもここにいないわけだが、彼の生死は分かっていないし、ベル……の姿もない。まあ、彼は言うまでもないが。
何だか少しだけ悲しくなってきた。アルベドは昨日あんな言い方をして追い返してしまったから仕方ないのかも知れないけれど。
それでも、この場にリースがいないのは……
私が彼らの姿を見つけられないでいると、皇帝陛下が立ち上がり前に大きく手を振った。
「それでは、これよりエトワール・ヴィアラッテアの刑を執行する」
群衆が一気にわく。歓喜か、殺意か、それらが入り交じった声が私の鼓膜を貫いた。