テラーノベル
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チャイムを押すと、すぐにエントランスが開く。僕はエレベーターで、どのように話すべきか、頭の中を整理しようとするが、いろんな思考、さらには感情がぐちゃぐちゃに混ざって、うまく考えられない。
玄関に着き、しばらく呼吸を整えた後、インターホンを鳴らす。
『ん?開いてるよ?てか鍵は?』
あ、そうだった、鍵持ってるんだった。あ、でも、鍵は開いてるのか。僕は一人焦りながら、玄関を開ける。
「おかえり、どうした?」
不思議なものでも見るように、僕を出迎えた。
「わ、かい…。」
恋人の顔を見ると、涙がまた溢れてきた。若井は、少し驚いていたが、すぐに僕を部屋の中へ促した。
ソファーに並んで座る。
「…なんかあった?」
「…うん。」
本当は、元貴のところへ飛んで行って、話を聞きたかった。だけど、僕には恋人がいる。
ここで先に話をするべきだと、僕は若井に会いに来たのだ。
「えっと…今日、亮平くん…SnowManのね、阿部くんとご飯に行ったんだ。」
「うん。言ってたね。」
「うん…。それでね、元貴の話になって。」
「…うん。」
「…僕が、元貴と、付き合っ…てた頃、元貴が他の人ばっかで僕を構ってくれないって、言ってた時あったでしょ。」
「…うん。」
「あの時、いっぱい人脈を広げてたのが、実は僕のせいでもあったらしくて…。」
「…。」
「アトラの後、僕が、カゲヤマみたいなヤツに結構狙われ?てたらしくて、それをなんとかしようと、ニノさんに相談して、それであんな風に色んな人と…。」
「…。」
「…僕、何にも知らずに、他の人と遊んでばっかりって元貴に不満ぶつけて、傷つけちゃって…ホントに情けなくて、申し訳なくて…。」
「…うん。」
「…だから、ちょっと元貴と、話してみてもいいかな…この事について…。」
「…。」
若井は、俯いて黙っている。やっぱり、ダメかな。だって、今さらだよね、こんな事、元貴と話したって。自分でもそう思うけど、でも、居ても立ってもいられなかった。
「…いつか、こうなるだろなって思ってた。」
「…え?」
若井が口を開くと、意外な言葉を吐き出した。
「…涼ちゃんがこのこと知ったら、元貴のところに飛んで行くと思ってた。でも、涼ちゃんホント真面目だね、俺のところに来るなんて。」
「…ま、待って…若井、知ってたの…?」
「………。」
また黙って、俯く。僕は、心がザワザワして、震える手を自分で握りしめていた。
「…M:ZINEで、一人でいろんな人達と交流が増えて、結構すぐ耳に入ってきてさ。涼ちゃんが、って話。」
「…僕が、男色の人達の中で話題になってるって?」
「…うん。アトラのビジュがターニングポイントだ、とか言われて。紹介して欲しい、とかも。」
「え…。」
「ていうか、俺ら全員、割と人気らしいよ。そーゆー人達に。」
「…そ、そうなんだ。」
「でもさ、俺とか元貴には隙がないんだって。涼ちゃんならいけそうな雰囲気ある、とかも言ってたかな。」
「な゛…なんでぇ?」
「ふ、そこは疑う余地なしでしょ。」
「え〜…。」
「ま、とにかく、俺もそれを知ってから、元貴に話したの。お前が壁になってたのかって。」
「…そう、だったんだ…。…それ、4月とか、くらい…?」
「ん…まぁ、詳しくは、涼ちゃんが直接聞くべきだと思うから、ここでは言わないけどね。」
「うん…。」
4月頃から、若井と会おうとすると、予定があると言ってなかなか会えなくなった。おそらくは、元貴が僕を守る為に尽力していた事、なのにそれが原因で別れに繋がった事、それらを知った若井が、意図的に、僕に会わなかったんだ。若井の胸中を思うと、僕は涙が溢れてきた。急いで、涙を拭う。
はーーー、と永い息を吐いて、若井がソファーに沈み込む。
「…前にさ、俺が『元貴の気持ちわかっちゃうかも』って言ったの、覚えてる?」
「…?あった、かな…。」
「うん…。あれさ、元貴が、涼ちゃんの身体ばっか求めてた時のこと言ったんだ。」
「え…?」
「元貴の耳がさ、大変な時、元貴ん家で、これから涼ちゃんが元貴の家に通うのか〜、って考えてたらさ、目の前の涼ちゃんが、なんか隙だらけに見えて。」
「隙…だらけ…?」
「なんか、繋ぎ止めとかなきゃ、って思ったんだよ。あん時、ホントはすげー抱きたかった。元貴ん家だし元貴風呂入ってたから我慢したけど。」
顔が真っ赤になる。え、そんな事考えてたの…?
「そんなこと考えてたらさ、あ、元貴も、もしかしてそうだったのかもって、なんか思って。」
「元貴の気持ち…わかるって…?」
「ん、まあこれは飽くまで俺の予想だけどね。ここは訊いてないから。」
そう、だったのかな、元貴も。僕が、頼りないから、信用ならないから、隙だらけだから、あんなに身体で繋ぎ止めようとしてたのかな。なんだ、だったら、結局全部僕のせいじゃないか…。情けなくて俯いていると、また涙が目に溜まる。
若井が、少し沈黙してから、また口を開いた。
「…ずっと、会えなくてごめん。俺、元貴が涼ちゃんの為にやってた事とか、色んなこと知っちゃってさ、今までとおんなじ様に、涼ちゃんのこと大事にできる自信がなくて。」
「…。」
「それこそ、会う度に、エッチを求めちゃいそうで。俺が安心する為だけに、涼ちゃんのこと抱いちゃいそうで。だから、わざと他に用事作って、会わないようにしてた。」
元貴とおんなじ事しちゃうとこだった、と笑った。
「…だからさ、俺の事気にせず、思う存分、元貴にホントのところ訊いてみたら。」
「………いいの?」
「………………。」
「…良くないよ。」
若井の言葉に、僕は顔を上げた。首の後ろを掴まれ、強く唇を塞がれる。
「ん…、ん…!」
激しくキスをされ、苦しくなった僕は若井を押し返そうとするが、全然離してくれない。
そのまま、ソファーに押し倒される。
深く永いキスをして、息を荒げながら、若井がやっと顔を離す。僕の頬に、雫が落ちた。
若井が、泣いていた。
「…若井…。」
「………………………別れよ…。」
僕は、目を見開いて固まった。目の前で、若井が泣いている。あの、可愛いくしゃっとした笑顔があるべきところに、ぐしゃぐしゃの泣き顔を浮かべて。僕も、声もなく泣いた。僕にそんな資格はないとわかっていながらも、涙を我慢できない。
十年の恋がダメになった時、本当は逃げ出したいほど悲しかった、苦しかった。そんな時、若井の優しさが、僕をミセスに留めてくれた。ここに居てもいい理由を、創ってくれた。若井の愛が、僕の傷を包んでくれた。
本当に、好きだった。
だけど、その好きの隣には、いつも、元貴の影があった。どうしても、若井だけを真っ直ぐに愛せなかった。
ボロボロと泣いていると、若井がそっと髪を撫でてくれた。自分勝手な僕を、赦してくれるかのように。この期に及んで尚、そんな風に、自分の都合よく考えてしまう。
僕は、どこまでも、卑怯者だ。
若井と別れてからすぐに、暑い季節がやってきて、僕たちは初のスタジアムライブに向けて忙しさを増していた。
当然、元貴とゆっくり話す時間なんてなく、僕はミセスの活動に心血を注ぐことで、有耶無耶な感情を発散していた。
若井とは、しばらくはぎこちなくなってしまったが、ただただ申し訳なさそうに過ごす僕に、そのうち若井が昔のように明るい笑顔で接してくれるようになった。
本当に、この男はどこまでもいい男だな。年下なのに、こんなにもしっかりしている。僕も、見習わないとな、と心から尊敬する。
真夏の酷暑の中、ゼンジンも無事に走り切った僕らは、熱の冷めやらない身体を控え室でグッタリと休めていた。
僕は、部屋を出て、二人のために冷たい飲み物と冷やしタオルを取りに出た。片付けやらで忙しいスタッフさんたちがバタバタする中、お目当てのものをいくつか抱えて部屋へ戻る。しまった、手がパンパンでなかなかドアが開けられない。困っていると、中から話し声が聞こえてきた。
『…元貴、まだ聞いてないと思うから言うけど、俺、涼ちゃんと別れたから。』
『…は?』
『…涼ちゃんがさ、やっと気付いたから。』
『何に?』
『…さあ、自分で訊いて。』
『は?』
『とにかく、これで俺はお役御免ってこと。』
『なんだよそれ…。』
『…ま!頑張れよっ!』
バシッという音と、イッテ!という元貴の声が聞こえて、音が止んだ。僕は、しばらく呼吸を整えて、息を吸ってからドアをなんとか開ける。
「うお、涼ちゃん全部運んできてくれたの?」
若井が歩み寄る。元貴は、遠慮がちに僕の方を向いた。
「思ったより手が塞がって、大変だった。」
「ありがとう。」
ハハッと笑うと、若井が飲み物とタオルを受け取る。
「はい、元貴、いる?」
「…ありがと。」
元貴も、飲み物とタオルを受け取った。暑かったねほんとに〜、と三人でライブの感想を言い合って、その日は打ち上げへ向かった。
数日後、元貴が体調不良でラジオ収録を休むと連絡があった。スタジアムは本当に暑かったので、熱中症かもしれない、とマネージャーから連絡が来たが、僕は別の要因もあるかもな、と思った。
あれからも、まだ元貴とは話ができていない。別に、若井に気を遣っているわけではないが、 僕は、しばらく一人で考えて、一人で過ごす時間が必要だと感じたからだ。
このまま、すぐに元貴のところへ行くと、きっとまた同じことの繰り返しになる気がする。
僕は、どうしたいのか、どうしていくのか、まずはそこをしっかりと考えて、自分を確立してからじゃないと、元貴とも若井とも、きちんと向き合えない気がした。
8月に入って、とあるニュースが目に入った。
『目黒蓮 活動休止していた』
ドラマの撮影の真っ最中だったそうだが、休養が必要になった、というニュースであった。
僕は、フェーズ1の終焉を迎えた頃の、元貴を思い出した。あの頃の壊れそうな元貴の姿と、ニュースで報じられている目黒くんの写真が、頭の中で重なる。
彼も、人気絶頂の今、あの頃の元貴のように苦しんでいるのかもしれないな…。そんな事を考えながら、ニュースに耳を傾けて、仕事の準備をした。
その報道の数日後、ある歌番組でSnowManさんと同じ現場になった。報道があった時にはすでに復帰に向かっている、とは言っていたが、本当に目黒くんの姿がそこにあった。僕は、驚きと、心配で、すごく気になっていた。
番組が始まる前、出演者たちがごった返す待合で、少し離れたところで一人佇む目黒くんを見つけた。
『涼架くんも、もしうちのメンバーがどこかで困ってたら、助けてあげてよ。』
いつかの、亮平くんの声が、頭に響く。
「あの…Mrs. GREEN APPLEの、藤澤です…。」
僕は、我慢できなくて、思い切って目黒くんへ話しかける。目黒くんは少し驚いた顔をして、あ、どうも、と会釈した。
「あの…体調、大丈夫ですか?」
「ん…あぁ…はい…。」
「身体、気をつけてください…。あの、まだまだ暑い日が続きますし…。」
「そう、ですね。」
「あの…ざ、残暑、残暑が、ねえ…すごいから…ほんとに。」
目黒くんは、じっと見つめて、ぷっと小さく吹き出した。
「あ、あの…?」
「いや、すみません…ありがとうございます。」
優しい笑顔で、ぺこりと頭を下げてくれた。僕は、ホッとして、何度も頭を下げて、じゃあ、と自分の持ち場へ戻っていった。
「涼架くん、おつかれー。」
番組収録が終了して、控え室へ戻る廊下で、亮平くんが話しに来てくれた。
「あ、お疲れさま〜。」
「さっきさ、めめに、声かけてくれてたでしょ?」
あのざわめきの中でも、しっかりと周りを気にしている亮平くんに、僕は流石だなぁ、と目を丸くした。
「あ、うん。いきなり話しかけたから、怯えてたかもだけど…。」
「いや、あの後のめめの顔は、ご機嫌だったと思うよ。」
「ご機嫌?ホント、よかった。」
「…もしかして、前に僕が言った事、実行してくれたの?」
さっき僕の頭に響いた亮平くんの言葉、あれの事だろう。
「うん…それも、ある。けど…。」
「ん?」
「…昔のね、元貴を、思い出しちゃって。目黒くんも、あの時の元貴みたいに辛いのかも、って…。」
「…そっか、重なったんだ。」
「うん…ごめんね、ちょっと自分本位で。」
「ううん、それでも嬉しかったから。ありがとう。」
「こちらこそ、わざわざありがとう。」
亮平くんが、少し身体を近づけて耳打ちするように声を顰める。
「…あの後、どんな感じなの?」
元貴の話を自分が教えた手前、僕たちのその後の動向を気にしてくれているのだろう。僕は、困った笑顔を見せた。
「…見事に、空回り中、かな。」
「あら。」
「とりあえずは、一人でしっかり考える時間だと思って、これを機に、隙をなくすように頑張ってみるよ。」
「んー、難しそうだね。」
ハハッと亮平くんが笑って、僕も力無く笑う。
また、ご飯行こうね、と約束して、僕たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。
まだまだ残暑のしつこい初秋の頃、元貴は映画主演の撮影が始まっていて、制作もあるのに、あれやこれやと忙しそうにしている。
菊池風磨さんとダブル主演という事で、また一つ、交流を深めているようだった。
僕はと言うと、新たなコンセプトの為に、髪をバッサリと切った。まるで、10年前に戻ったような、でもやっぱりあの頃とは全然違う、久しぶりの金髪ショートへと大胆なイメージ変更をしたのだ。
僕はなんだか気持ちも少しスッキリしていた。
まだ夜は気温が下がり切らない蒸し暑さの中で、僕は自分の部屋の窓を開けて、外の空気を吸う。
元貴は、もうどこまでも、手の届かないところへ行ってしまったようだ。
昔は、実家へ入り浸ったり、不安な時には駆けつけたり、スタジオで話し合ったり、一緒にお店を回ったり…。あんなに、一緒に、近くに、いたのに。
こんな風に昔ばかりを懐かしんで、僕はやっぱり何も成長できていないな、と自分を嘲笑する。
僕と元貴の、あの一瞬の恋の実りは、永い永い10年もの恋の末の煌めきは、何かに似ているな、とぼんやり考える。
花火…?いや、そこまで刹那的じゃなかったと思いたい。
なんだっけ、あの、何年かに一夜しか咲かない花。そんなのが、あった気がする。
ふと気になって、スマホで調べてみると、ある花の名前が出てきた。
『月下美人』
ああ、そうそう、それだ。画像を見て、美しい花に見惚れる。へえ、花が咲くまでは2〜3年かかって、花が咲くのは一晩だけ。一度咲けば、毎年一回、一晩だけ咲くのか…。
ホント、僕の恋みたいだな。なんて、ロマンチックな方向へ感情を持っていっていたら、ある投稿が目に留まる。
『今夜、月下美人が開花いたしました!一晩限りの展示となります。』
ある、小さな植物園の投稿だった。
僕は、それを見て、場所を地図で調べ、立ち上がった。時間を確認する。まだ20時を回った頃だ。急げば、間に合う。
流石に薄い羽織はいるだろうと、薄手の長袖シャツを着て、帽子をかぶる。
タクシーを手配しようとした手を、一瞬止める。
もし………。いや、無理だろう、この忙しい時期、いるわけがない…。
でも、これで、いなければ、会えなければ、そこでキッパリ諦めればいい。
僕は自分勝手にそう決めて、タクシーを手配する。
すぐに来たタクシーに、目的の住所を告げる。
今夜で、僕の気持ちにケリをつけるんだ。
コメント
32件
最終回か……!続編も出してくれて、ありがとうございます!前の作品では、10年の恋が実ってよかったー!と安心しましたが、まさかのすれ違いが発生して別れて、若井と付き合ったけど、でも未練がタラタラで結局別れて……と、なかなかうまくいかない涼ちゃんの恋でしたが、最終回でどのような結末を迎えるのか、楽しみにしています!
次が最終話とか寂しすぎて、受け止めれず、また1から読みなおしてます🥲 💙の良いわけないに悶えて、泣きました🥹どこまでも💛への愛情を感じ、💛ちゃんも自分を卑怯者だと責めて。 3人ともただ好きなだけなのに、切なすぎです🥲✨ 改めて、このお話、大好きだなと思いました! いつも長編にしてくださるので、読み応えもあり、読者としては嬉しい限りです✨ いつも、ありがとうございます🫶
更新ありがとうございます✨ 次で最終回💦 なんだか寂しい…🥹 この不器用だけど優しい3人の行く先がどうなるのか、最後まで見届けたいです✨ 月下美人… どういう意味かなってずっと思っていたので、タイトル回収してくださって、ありがとうございます。 実際見た事あるけど、ほんと不思議な魅力のある花でした…。 夜中に咲くっていうのも、ミステリアスですよね✨