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第18話「スイカに顔をかいて大会」
村の広場に、スイカがずらりと並んでいた。
全部で三十玉。どれもまるくて、少しだけひび割れた模様があった。
皮の黒緑が、日差しのなかで、墨みたいにじんで見えた。
「この中で、いちばん“おもしろい顔”をかいた人が、勝ちなんだって」
ユキコがそう言って、スケッチブックを差し出した。
今日の彼女は、くすんだピンクのエプロンをつけていた。
肩ひもが片方、外れかけている。
ワンピースの柄はところどころに花模様──けれど、よく見るとそれは、すでに枯れている花だった。
ナギは、スイカのひとつに近づいた。
ミント色のTシャツは、汗で背中にぴたりと張りついていた。
ショートカットの髪の先に、乾いたスイカの葉が一枚ひっかかっていた。
「顔って、どう描けば“おもしろい”のかな」
「“まねすれば”いいんじゃないかな。だれかの顔を」
「誰の?」
ユキコはナギの方を、じっと見た。
その目に、自分が映っている気がして、ナギは少しだけ顔をそらした。
「スイカに、笑わせられたことある?」
「……ないと思う」
「わたしはあるよ。夢のなかで、スイカが顔をして笑ってたの。
わらって、わらって、顔がなくなっちゃうまで」
ナギは黙って、マーカーを握った。
白いペンで、スイカの皮の上に、円を描く。
その中に、目と口と、まゆげを。
でも──描けば描くほど、それは“誰か”の顔に近づいていく。
「あ……」
ナギは立ち止まった。
それは、自分の顔に似ていた。
「ナギちゃん、それ、ナギちゃんの顔だね」
ユキコが言った。
でも、それは“やさしい声”ではなかった。
どこか、“見届ける側”の声だった。
村の子たちがスイカに顔を描いていく。
けたけた笑いながら、顔をゆがめて、目を大きく描いて、口を裂けるほど大きくして。
でも──どれも目が笑っていなかった。
描かれた顔たちは、しんと沈黙していた。
「顔って、なんだろうね」
ナギはつぶやいた。
「“ここにいます”っていう、しるしかな」
「でも、描かれた顔は、誰のことも見てくれない」
ユキコは、ひとつのスイカをそっと持ち上げた。
その裏側に、もうひとつ顔が描かれていた。
小さな目と、さみしそうな口。
「これ、ナギちゃんが去年描いたやつだよ」
「……忘れてた」
「ううん、スイカが覚えてたの。人間の記憶は抜けるけど、果物の皮はね、残るのよ」
ナギは、今年描いた顔の横に、小さな涙のマークを描き足した。
それだけで、そのスイカは、ようやく“笑って”いないように見えた。
「そろそろ、審査がはじまるよ」
ユキコが言った。
「勝ったら、なにがもらえるの?」
「“ほんとうの顔”が戻ってくるらしいよ。でも──もらったら、ここにいられなくなるって」
ナギはペンをそっと置いた。
スイカの笑顔たちが、まるで仮面のようにずらりと並ぶなか、ひとつだけ、
ナギの描いた顔だけが、ゆっくりとひびを入れはじめていた。