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お守り
しのぶと医者に頼み込んで、モルヒネの量を増やしてもらった紬希。
自分自身の未来は視えないものの、死期が近いのは分かる。
自分に残された時間は、もう長くない。
紬希の命を脅かしているのは、癌だった。
もう何年も前から身体の不調を感じてはいたが、診察されれば既によくない状況を伝えられるのを何となく察知していて、誰にも何も言わずにいた。
稽古中に倒れ、無一郎に抱きかかえられて医務室へと運ばれ、診察され、自分が思っていた通りの結果を聞かされた。
癌細胞は、全身へと転移していた。
皮肉なことに、自分が他者に惜しみなく使う治癒能力は、自身には一切効かない。
痛みの緩和もできない。
自分が神主の修行に出ている間に鬼に一族を皆殺しにされ、それまで家族が行ってきた仕事の依頼をひとりでこなすことになった。
家族の仇を討つため鬼殺隊に入り、呼吸と剣技を極め、柱となり、任務も並行して行う。
元々、一族の中でも“そういう”力が強かったので仕事は苦ではなかったが、身体には結構な負担だったようだ。
そして、紬希の家系は癌に罹患する者が多く、そこに自分も加わってしまった。
遺伝なのでそれは仕方ない。
毎日かわるがわる、柱をはじめたくさんの鬼殺隊隊士が見舞いに来てくれた。
身体はつらかったが、誰かと話していると気が紛れてよかった。
いつ死んでもおかしくない立場にいるし、それをとうに覚悟していたけれど、最近心残りが増えてしまった。
大好きな仲間たちと、もっと長く一緒にいたい。
鬼殺隊の行く末を、鬼の始祖を倒すその結末を、私も一緒に見届けたい。その現場に立ち会いたい。
記憶がまだ不安定な無一郎くんが、しっかりと自分を取り戻すまで、傍で見守っていたい。
でも、それはどれも叶わない。
鬼と闘って死ぬわけではなく、ただ病気で死んでしまう。
悔しいなあ……。
放ったらかしてた自分が悪いんだけど。
それでも少しでもみんなの役に立ちたい。
モルヒネがないと全身の痛みで息をするのもままならない。
呼吸法を使ってもやっと。
そんな状態の自分にも、できることはまだある。
薬が効いているうちに、早く取りかからなければ。
最近、モルヒネの量が増えた紬希さん。
どれだけ具合が悪くても、ちゃんとお化粧して髪も綺麗に結っている。
薬が効いている間は笑顔も見られるし、会いに来た人たちとの会話も楽しそうだ。
効いていない時も無理して笑っているけれど。
そんな彼女がせっせと何かを作っている。針と糸と紐と、綺麗な端切れで。
あまり無理しないでくださいね、と忠告はするけれど、多分私が見ていない時にも作業をしている。
限られた時間の中で早く仕上げようとしているのが分かるから、もうそれに対しては目を瞑った。
そして、3日程経って、作っていたものが完成したようだ。
紬希さんに頼まれて、彼女の部屋に柱が集結した。
幸いにも誰も任務にあたっておらず、欠けることなく揃った。
『皆さん、忙しいのにありがとうございます。…これ、受け取ってください』
そう言って1人ずつ、順番に何かを手渡していく。
…!…これは……。
全員が息を呑む。
紬希さんがせっせと作っていたのは、小さなお守り袋だった。
それぞれ色も形も違うけれど、どれにも統一して施されていたのは、藤の花の刺繍。
お守り袋の飾り紐も、江戸打紐で二重叶結びに。
ひとつひとつの縫い目も細かく、美しく、丁寧に作られていた。
『皆さんを守ってくれるように祈りを込めました。私は無惨を倒すまで生きていることは叶いませんが、きっとこれが皆さんが鬼を倒す力の源の、その一部になってくれると信じています』
甘露寺さんが堪らず泣き出した。
私も危うくつられて泣きそうになる。
「つむぎさん…!ありがとうございます!きっと…きっと、みんなで力を合わせて無惨を倒しますから……っ!」
「ああ、約束しよう。皆で必ず無惨を倒すと。だから安心して、後は私たちに任せなさい……」
大きな分厚い手で紬希さんの頭を撫でる悲鳴嶼さんの言葉に、その場にいた全員が強く頷く。
紬希さんも、綺麗な翡翠色の瞳を潤ませてにっこりと微笑んだ。
つづく