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「スープとパン」
「はい、スープとパンだけです。食べさせて貰えるだけ、ありがたいと思ってく下し亜。何か文句でもあるンですか?」
「……ほんと、エルって毒舌よね」
夕方になり、エルが私の元に食事を運んできた。机にドンッと中身が零れるほどの強さで叩き付け、私に早く食べろと脅迫してくる。運ばれてきたものは、薄すぎるスープと、固いパンだけだった。貰えないよりマシというのは全くもってその通りなのだけど、エルの態度や、これを出している人のことを考えると、うーんと思ってしまう。平民だったら……と考えるのもあれだけど、あまりに少なすぎやしないかと思った。
(まあ、本当に食べられるだけマシだし、私はこれくらいでもいいんだけど)
食べるのは好きだし。でも、聖女という肩書きだったときと比べれば、天と地の差で、味気ないような気がする。贅沢しすぎているの、と自分に言い聞かせ、私はスプーンを手に取った。
「これ、本当にスプーン?」
「文句ばかりですね。貴方は」
「……いやいや、飯事に使うようなスープじゃない」
置かれていたスープは、子供が使うような小さなタイプで、とてもじゃないが、スープをすくえるものではなかった。エルはそれを見ても、食べろというので、私はムッとなって彼女に返した。だが、エルは、文句を言うなの一点張りで私の事なんて気遣ってもくれない。
私のメイドじゃなくて、監視役だと言っていたけれど、これはあんまりなんじゃないかと。
「エル、私はどう思われているの?」
「どうとは?嫌われているのは事実でしょ?」
「これは嫌がらせ?」
と、私が聞くとエルは、少し遠い方向を見て言う。
「そうですね。嫌がらせでしょうね」
「アンタが私のこと嫌いなのは分かるけど、このスプーンじゃ食べられないし……」
「だったら食べなければいいじゃないですか」
エルはそう言って、食べないなら、とご飯を下げようとした。お腹が空いていたこともあって、私はそれを止める。エルは、眉間に皺を寄せて私を睨み付けた。
「何ですか。食べないんでしょ。勿体ないですが、捨てるので手を離してください。乱暴されたと報告してもいいんですけど」
「パンは食べる、スープは我慢するから、お願いだから持っていかないで」
私は必死に訴えた。こんな扱いを受けるなんて思ってもいなかったから、精神的にダメージがきている。エルとは仲良くなれそうだと思ったが、彼女には人の心がないような気がした。そもそも私のことが大嫌いなようで、いつも機嫌の悪そうなかおをしている。
食事を出す人も私のことが嫌いなんだろうな。っていうのも分かるし、皇宮に私の居場所はないんだと思った。ラスター帝国にすら私の居場所があるかどうか……
「分かりました。では、スープはお下げしますね」
「虚言吐かないでよ」
「貴方が口に合わないと駄々をこねたと言います」
「だから、それを言ってるの……どうせ、何も言わなくても、アンタは虚言吐いて報告するんでしょ」
「本当に酷い人ですね。私のことなんだと思っているんですか」
「それはこっちの台詞よ」
互いに睨み合って、エルは面倒くさそうに部屋を後にした。彼女が怒って出ていった際、固いパンが床に落ちて転がった。私は三秒ルールだと拾ってそれを食べることにいた。
皇宮だから、さすがに変な部屋はない。あの地下牢は地下牢で存在しているだけであって、この部屋も、聖女殿に比べれば悪いけど小汚い、という感じではない。ベッドと窓とそれがあるだけでも十分なのだ。
「本当に嫌になる……」
これまで、さすがにここまでの扱いを受けてこなかったために、私は戸惑っていた。どんな顔していれば良いか分からないし、ここで折れてしまったら、また彼女の思うつぼなのだと。
皇宮に転移した時点でこれは決まっていたことかも知れないけれど。
色々考えて、また気持ちがマイナスになっていることに気がつき私は自分の頬を叩いた。パシンと音が響いて、私の目は覚める。
弱気になっちゃいけないと言い聞かせて私は、よし、と固いパンに歯を立てた。しかし、そのパン派思った以上に堅くて、歯にじーんと痛みが走る。
「本当に食べられたものじゃない!」
失敗したパンよりも酷い。まるで石みたいなパンだった。
これを出せる神経が何よりも凄いと、私は思う。けれど、夕食はこれだけだったため、食べきるしかなくて、私はそれを何とかちぎって食べた。ちぎるのにもかなりの体力を使ってしまい食べるのに三十分以上はかかったかも知れない。
先が思い当たられる……
食べ終わってすぐに私はベッドに沈み込んだ。立て付けの悪いベッドは今にも壊れそうな音をしていて、寝返りを打っても大丈夫かと心配になる。部屋にあるのは、ベッドと、出入り口の扉と、窓。
窓の下は植え込みがあって、そのさらに下は暗闇に包まれている。どれだけ高い位置なのか私には想像がつかなかった。夜の静けさと暗さも相まって怖い。部屋にあった明りもフッと消えてしまってあたりは静寂に包まれた。
怖くて私は薄い布団の中から出られずにいた。
私の部屋の前を歩く足音にさえ身体を震わせてしまうほどだ。
(リースがきてくれたら……)
そんな妄想をしてしまう。もう大丈夫だ、と言われたい。抱きしめて欲しい。一人は悲しいと、孤独感が募っていく。
まけちゃダメだと分かっていても、一人がこんなに辛いなんて思わなかった。
アルベドは今どこにいるだろうか。私を探してくれているだろうか。ラヴァインは? グランツは? ブライトは? ルクスとルフレは? リュシオルは? トワイライトは?
色んな人の顔が浮かぶ。皆私のことを忘れないでいてくれているだろうか。私の心配をしてくれているだろうか。
あと二日。今日はもう終わったようなもので、あと二日で、リースとトワイライトは結婚する。リースは、その後皇位を受け継ぐだろう。そしたら、皇帝だ。
私が何度も見た皇帝のリース。キラキラと輝いていて、太陽みたいで、星みたいで……誰よりも眩しい彼に惚れていた。今だって、推しの顔を浮べたらにやけてしまうし、感動のあまり涙を流してしまうだろう。
そんなリースの中身は、遥輝で。でも、そんな遥輝が皇帝になったとしても私は涙してしまうんじゃないかと思う。原作を再現した一枚絵に……
「眠れない……」
真っ暗な中で身体を動かして、仄かな明りを頼りに窓の方へと歩いて行く。途中躓きそうになりながらも私は何とか窓の所までやってきて、手をついた。ふと顔を上げれば、窓の外には夜空が広がっていた。まん丸な月が浮かんでいる。
「……いつだったっけ、本当にもう昔のことなのよね」
ラヴァインと出会ったのは、アルベドと出会ったのは、月が満ちていた時だった気がする。夜の暗闇を纏って彼らは私の元に現われた。思えば、やっぱり兄弟なんだなあと感心させられるというか、似ているなと感じるところもあって。股こっちも密かに、彼らが助けに来てくれるんじゃないかと思ってしまった。
スッとどこからともなく降ってきて、部屋の中に侵入して、そのまま私をかっさらって欲しい……なんて。あまりにも夢を見すぎているなと思った。
どれだけ祈っても彼らは来ないだろう。闇魔法の人間が皇宮に入るのは危険すぎるから。それに、きっと私はここから出られない。
自分を悲劇のヒロインだと思ってしまえば、エトワール・ヴィアラッテアに笑われてしまうだろう。アンタは違うって、ヒロインでもない、悪役だから当然だって。
狭いこの部屋は、私にとって牢屋でしかなかった。綺麗な牢屋。独りぼっち。
「……」
私が下を向いていれば、視界の端でキラリと何かが流れていった。顔を上げて確認すれば、夜空に点々と、間隔を開けて流れ星が流れる。私は目を見開いて、その流れ星をおった。
星流祭再来の流れ星だったかも知れない。
「願い事しなきゃ」
子供の頃の癖で私は手を合わせて星に祈りを捧げた。願い事を叶えてって。
星流祭の時は、リースの心の声が聞えれば、なんて願った気がする。今願うことは何だろう。
リースに会いたい?
ここから解放して欲しい?
幸せになりたい?
願いは一つにまとまらない。でも、心の何処でやり直して誰もが幸せに終われるハッピーエンドに……なんて思っていた。笑顔で消えていったファウダーのことを思い出したから。
「……ほんと、バカみたいだね」
目を開けるともう流れ星は流れていなかった。星流祭じゃないから大量の流星群が、とはならないのだろう。でも、星流祭なんてもう遠の昔のことに思ってしまう。今はただ私の中に孤独感があるだけ。今なら、少しだけ、誰にも好かれなかったエトワール・ヴィアラッテアの孤独が分かるかも、なんて、彼女に怒られてしまうことを思ってしまった。
睡魔が襲ってき、私はふああ、と大きな欠伸を出す。
今なら眠れそうと、私はベッドに向かって歩いた。どうせ明日も、同じ扱い。早くこの地獄から抜け出したいと、最後にもう一度願って私は寝床についた。