TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
主演女優賞

一覧ページ

「主演女優賞」のメインビジュアル

主演女優賞

8 - ・

♥

60

2022年11月03日

シェアするシェアする
報告する

Side彼女


玄関で義足を装着する彼を待ち、鍵を閉めて家を出る。

改めて、黒い浴衣を着た姿を見る。惚気ているとは思うが、凛々しくてかっこいい。

「……何見てんの」

いつものようにクールな言葉が飛んでくる。

「べ、別に」

慌てて目をそらす。

「やっぱりその金魚がいいね。かわいい」

私の赤い浴衣の金魚のことだ。

視線をちらりとこっちに寄越してそんなことを言うから、さらに顔が赤くなる。この男は罪なものだ。

「じゃ、行こっか」


お祭りならではの浮き足立った空気が近づいてくる。喧騒が聞こえてくる。神社の境内は、たくさんの屋台と人で大賑わいだ。

「ねぇ…、足見えてない?」

義足がほかの人に見えることを心配しているのだろう。

私は下駄を履いているけど、彼は履けないからスニーカーだ。

「大丈夫だよ」

浴衣の丈は十分にある。笑いかけると、安心したように頬を緩めた。

「何する?」

そう聞くと、うーんと考えたあと「あっ、これ」と指さしたのは金魚すくい。

「いいね。やろう」

ふたりで向かうと、「らっしゃい!」と威勢のいいおじさんの声がする。「やってくかい? はいどうぞ」

ポイを2つ渡される。

「出来るかなぁ。…子どものとき以来だからな」

「やってみようよ」

しゃがんで水槽の中を泳ぎ回る金魚たちを観察する。どの子がつかまえやすいか……。

「えいっ」

思い切ってひょいっとすくってみるが、オレンジの小さな金魚はあっけなく逃げていった。

「むずいんだよな…」

彼は腰をかがめ、ポイを静かに水につけた。いざすくおうとしたとき、紙が破れてしまった。

「あ…」

呆然とする表情に、くすりと笑える。

「残念。じゃあおまけでもう一回だけ」

気さくな金魚屋さんはポイを1つずつ渡してくれた。

しかしまたデジャブのように、金魚に逃げられポイが破れる。ふたりで笑い合った。

ここだけを切り取って見たら、“ふつう”のカップルに見えるんだろうか、と思った。

彼は最初、「俺じゃなくてもいいでしょ」って言って、付き合うことに前向きではなかった。

今ではすっかり私を気に入っていくれたようだけど、どこか心の奥底に本心を隠してしまっているのではないか、と考える。

でも目の前で満面の笑みを浮かべている彼は、心から笑っているように見えた。

「次はどこ行く? 決めていいよ」

彼の声に、「じゃあ…これ」

近くにあったわたあめ屋を指で示した。

「ふふ、スイーツ好きだね」

「だって美味しいんだもん!」

イチゴ味ください、と百円玉を差し出しながら注文すると、雲のようなわたがみるみるうちに割り箸に巻き付いていく。

どうぞ、と手渡されたわたあめを口に近づける。

「…甘っ」

良かったね、と言うように北斗が隣で微笑む。

口に入れた瞬間すっと消え、味だけが残るわたあめはまるで夏の夜だ。


「ずっと、俺の横にいてくれる?」

帰りにお参りを済ませ、参道を歩いていたときの唐突な問いに、どくんと胸が高鳴った音がした。

いくら何でも、このタイミングはずるい。

「ノーなんて言うわけないでしょ」

『俺じゃなくてもいい』から『俺の横にいて』に変化したことが、嬉しくてたまらなかった。断る理由などどこを探してもない。

「今までもこれからも一生そばにいる」

「だよな」

耳元で低音が響く。その声が、心にじんわりと温かく広がった。

暗がりで柔らかく光る灯ろうの明かりみたいだった。


終わり

この作品はいかがでしたか?

60

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚