Side彼女
玄関で義足を装着する彼を待ち、鍵を閉めて家を出る。
改めて、黒い浴衣を着た姿を見る。惚気ているとは思うが、凛々しくてかっこいい。
「……何見てんの」
いつものようにクールな言葉が飛んでくる。
「べ、別に」
慌てて目をそらす。
「やっぱりその金魚がいいね。かわいい」
私の赤い浴衣の金魚のことだ。
視線をちらりとこっちに寄越してそんなことを言うから、さらに顔が赤くなる。この男は罪なものだ。
「じゃ、行こっか」
お祭りならではの浮き足立った空気が近づいてくる。喧騒が聞こえてくる。神社の境内は、たくさんの屋台と人で大賑わいだ。
「ねぇ…、足見えてない?」
義足がほかの人に見えることを心配しているのだろう。
私は下駄を履いているけど、彼は履けないからスニーカーだ。
「大丈夫だよ」
浴衣の丈は十分にある。笑いかけると、安心したように頬を緩めた。
「何する?」
そう聞くと、うーんと考えたあと「あっ、これ」と指さしたのは金魚すくい。
「いいね。やろう」
ふたりで向かうと、「らっしゃい!」と威勢のいいおじさんの声がする。「やってくかい? はいどうぞ」
ポイを2つ渡される。
「出来るかなぁ。…子どものとき以来だからな」
「やってみようよ」
しゃがんで水槽の中を泳ぎ回る金魚たちを観察する。どの子がつかまえやすいか……。
「えいっ」
思い切ってひょいっとすくってみるが、オレンジの小さな金魚はあっけなく逃げていった。
「むずいんだよな…」
彼は腰をかがめ、ポイを静かに水につけた。いざすくおうとしたとき、紙が破れてしまった。
「あ…」
呆然とする表情に、くすりと笑える。
「残念。じゃあおまけでもう一回だけ」
気さくな金魚屋さんはポイを1つずつ渡してくれた。
しかしまたデジャブのように、金魚に逃げられポイが破れる。ふたりで笑い合った。
ここだけを切り取って見たら、“ふつう”のカップルに見えるんだろうか、と思った。
彼は最初、「俺じゃなくてもいいでしょ」って言って、付き合うことに前向きではなかった。
今ではすっかり私を気に入っていくれたようだけど、どこか心の奥底に本心を隠してしまっているのではないか、と考える。
でも目の前で満面の笑みを浮かべている彼は、心から笑っているように見えた。
「次はどこ行く? 決めていいよ」
彼の声に、「じゃあ…これ」
近くにあったわたあめ屋を指で示した。
「ふふ、スイーツ好きだね」
「だって美味しいんだもん!」
イチゴ味ください、と百円玉を差し出しながら注文すると、雲のようなわたがみるみるうちに割り箸に巻き付いていく。
どうぞ、と手渡されたわたあめを口に近づける。
「…甘っ」
良かったね、と言うように北斗が隣で微笑む。
口に入れた瞬間すっと消え、味だけが残るわたあめはまるで夏の夜だ。
「ずっと、俺の横にいてくれる?」
帰りにお参りを済ませ、参道を歩いていたときの唐突な問いに、どくんと胸が高鳴った音がした。
いくら何でも、このタイミングはずるい。
「ノーなんて言うわけないでしょ」
『俺じゃなくてもいい』から『俺の横にいて』に変化したことが、嬉しくてたまらなかった。断る理由などどこを探してもない。
「今までもこれからも一生そばにいる」
「だよな」
耳元で低音が響く。その声が、心にじんわりと温かく広がった。
暗がりで柔らかく光る灯ろうの明かりみたいだった。
終わり