テヒョンside
遊園地で、ジミナとお昼にラーメンを食べた。
食べ終わると、ジミナのお薬ポーチからお昼の分の薬を出し、片手が不自由なジミナの代わりに薬の包みを開けて食事のトレーに並べてく。病院では毎日当たり前に飲んでいる薬も、外で改めて見ると量が多くてせつなかった。
ジミナが咳き込みながらもなんとか全部の薬を飲み終えたので、僕は尋ねた。
「次…何乗りたい〜?」
「観覧車!!!」
「ジミナ楽しみにしてたよね!いいよ。行こ〜。」
観覧車の乗り場まで行き、階段の下でジミナを車椅子から降ろす。ジミナに手を貸しながら、僕たちは一緒に階段を上った。
「ジミナ、焦らなくていいからね。休みながら、ゆっくり上ろう。心臓ドキドキしてきたら言ってよ?」
途中で階段の後ろからカップルがきたから、道を譲って先に行ってもらった。
「ジミナ大丈夫?階段長いねぇ。疲れたらおんぶしてあげるよ。」
「大丈夫だよ〜。どんな景色が見えるのかな?ワクワクするね!」
思いの外長い階段を頑張って上りながらも、ジミナはとっても嬉しそうだった。
だけど…だけど、乗り場にやっとのことで着いてフリーパスのチケットを見せた時、係のお兄さんがジミナのヘルプマークを見て言った。
「…失礼ですが、どのような疾患をお持ちですか?」
その人はなんだか早口で、表情が薄くて…僕は嫌な予感がした。
突然訊かれ、困って俯いてしまったジミナの代わりに、僕が横から口を出す。
「あの、この子は心臓の病気があって…」
「大変申し訳ないのですが、心臓に疾患がある方は、お乗り頂けないんです。」
「…え?なんでですか?心臓に負担がかかるような乗り物ではないでしょ?パンフレットにも何も書いてなかったし…。」
「観覧車は密室の空間で、万が一お客様に何かあっても下に降りてくるまでお助けすることができないんです。ですので心臓に疾患がある方はお断りしているんですよ。」
「そ、そんな…。大丈夫だから、乗せて貰えませんか?この子観覧車に乗るの、すごく楽しみにしてて…」
「申し訳ありませんが、何かあった時に責任が取れませんので…」
その人は僕達の顔も見ず、マニュアルを読み上げるような、機械みたいな喋り方で…とりつく島もなかった。
後ろで別の係員のお姉さんが、僕たちの押し問答を心配そうに見ているのが分かった。
その時ジミナが、俯きながら小さな声で言った。
「テヒョン、もういいよ…やめて…。」
「で、でも…。ジミナ楽しみにしてたじゃん。」
「いいってば…。もう観覧車乗りたくなくなった…。いいから行こ…。」
ジミナは僕の服を引っ張って、階段を降りようと促した。
ジミナは早足で階段をどんどん降りて行く。
「ジミナ、ねぇ待って。もっとゆっくり降りなきゃダメ!」
それでも止まらないジミナの手を掴んで、身体を後ろから無理矢理抑え込む。
「一旦止まって!!お願い」
僕はジミナを追い越して階段の下の段に行くと、背中を出しておんぶの体勢をした。
「ジミナ落ち着いて。お願いだから、おんぶさせて。心臓あぶないよ。」
ジミナは諦めたみたいで、泣きそうな顔で僕の背中におぶさってきた。
僕はジミナをおんぶして、残りの階段をゆっくり下まで降り、下に置いてあった車椅子に乗せた。
車椅子の前にしゃがんで、顔を覗き込む。ジミナは唇を噛んで、泣くのをこらえているみたいだった。
「ジミナ〜本当にごめん!僕、ちゃんと下調べした筈だったのに……。」
「もういいってば…観覧車思ったより高いし、本当はちょっと怖かったし…。」
そんな強がりを言いながらも、ジミナの目からは静かに涙がこぼれた。
僕はジミナの顔を両手で包み涙を拭って、背中をさすった。
僕は、諦めきれなくて、悔しくって、悲しかった。ジミナ、あんなに観覧車を楽しみにしていたのに。てっぺんからの景色、見せてあげたかったのに。
「ジミナごめん。僕がヘルプマークなんか付けたからだ…。あれが無ければ乗れてたのに…。」
「テヒョンのせいとかじゃないから、気にしないで…。我慢するのは慣れてるもん…。どうせ、どうせ……僕なんて…障害者じゃん…。」
「ジミナ、そんな風に言っちゃダメだよ!!」
「何でだよ。ヘルプマークって、そういうことじゃん…。テヒョンが付けたんじゃん!!」
その時…係員のお姉さんが、僕らのところに走ってくるのが見えた。さっき後ろで僕たちのことを心配そうに見ていた人だ。
「あの、あの…申し訳ありませんでした。マニュアルがあって、その通りにしか対応できなくて…。嫌な思いさせてしまって本当にごめんなさい。」
彼女はジミナの車椅子の前にしゃがみ込むと、ジミナの手を握って言った。
「悲しかったよね?せっかく来てくれたのに…。観覧車、楽しみにしてくれてたんだよね?ごめんね…。」
「だ、大丈夫……。」
「あの…これね、ポップコーンの無料券…。こんなものしかなくってごめんなさい。良かったら、2人で食べてね。キャラメル味がおすすめだよ。」
彼女はジミナに無料券を2枚渡すと、僕にも会釈をして、また走って持ち場に戻って行ってしまった。
「優しいお姉さんだったねぇ」
「う、うん…。テヒョンごめん、さっきは卑屈なこと言っちゃって…」
「ううん。大丈夫だよ。ジミナの気持ちは全部分かってる。ほんとにごめんね。」
「僕、僕…本当は、惨めで、悲しかった…。でもあのお姉さん、ちゃんと僕の気持ち分かってくれてた…。だから、もういいや。」
ジミナの顔が柔らかくなって僕はホッとしたし、僕も同じ気持ちだった。
ジミナは言った。
「あのね、観覧車に乗れなかったことも悲しかったけど、あのお兄さんの…ロボットみたいな喋り方や、僕の目を見もしなかった事とかが、一番ショックだったみたい…。」
「分かる分かる…あれはロボットだったねぇ(笑)」
僕たちはそれからポップコーンの屋台に行って、ベンチの横に車椅子をつけて、一緒にキャラメル味のポップコーンを食べた。
食べ終わると、僕は車椅子を押して、園内をお散歩した。ジミナを乗り物に乗せてあげたかったけど、また断られたらと思うと心配で…僕は正直、どうするか迷っていた。
ジミナは車椅子から、海賊船が揺れる大型ブランコを見上げていた。乗っている人たちの、キャーキャーという声が聞こえてくる。
「ジミナ〜あれ、すごいね。バイキングっていう乗り物だね。」
「うん、パンフレットで見てたから、知ってる…」
あ、ジミナがパンフレットに印を付けていた乗り物だ…。
「ジミナさぁ…あれ、乗りたいの…?」
「い、いや……見てただけ…。」
ああ、きっと乗りたいんだなぁ。
僕は…僕は、ちょっと迷ったけれどしゃがんで、ジミナが横掛けにしていたショルダーバッグから、ヘルプマークを外してしまった。
「え、テヒョン…なんで…?」
「もういいよ。こんなのいらない。あれ、乗ろうよ!!」
ジミナの顔がパーッと輝いて、にっこり笑った。
「いいの!?」
「いいに決まってるじゃん。ほら行こ!!」
ジミナを車椅子から下ろし、僕はジミナの手を引いて、バイキングの乗り場に向かった。
大きな海賊船に乗り込むと、ジミナは自分が乗りたがったくせに怖がりだから、小さな手で僕の手をギュッと握りしめて自分の胸に押し付けていた。
初めて乗ったバイキングは、上がる度に身体がフワッと浮く不思議な感覚がして…。
「うぅぅぅわぁぁぁぁぁーー」
ジミナは声がかれるぐらい叫んで騒いでいたけれど、とってもとっても楽しそうだった。
こんなにも楽しそうに、はしゃぐジミナを見たのは、いつぶりだろう。
僕は嬉しかったし、遊園地に連れて来て良かったと心から思った。
バイキングが終わると、僕は横に座っているジミナの顔を覗き込んだ。自分の判断で乗せてしまったけれど、心臓、大丈夫だったかな…。
「ジミナ、大丈夫…?気持ち悪くない?心臓ドキドキしてない?」
「え、全然大丈夫だよ〜」
乗り場から出てジミナを車椅子に座らせると、ジミナの麻痺していてあまり動かない細い左腕をとった。
「ごめんね。念のため、脈だけ測らせてね。」
「…ねぇ大丈夫でしょ?だって僕、何ともないよ?」
「シーーッ。ごめんジミナ、ちょっとだけ静かにしてて。」
僕はジミナの脈なら測り慣れてるから、正常かどうかすぐに分かる。
いつもと同じ脈だったので、ホッと一安心した。
「うん、ジミナ大丈夫そうだね。良かった〜!」
「だから言ったでしょ。僕の心臓、乗り物乗っても大丈夫だった!!」
ジミナは得意そうに上気した顔をほころばせて、満足気に笑っていた。