「ちょっと待って。なんの話?」
「食堂で。今日すれ違ったよね? 絶対気付いてたよね?」
「あぁ、うん」
「あの時、あからさまに無視したよね?やっぱり周り誰かいると相手にしたくないってわけ? 挨拶もしないとか・・・」
「いや! あれは・・! 無視とかじゃなくて・・!」
「それなのに人のいないとこでだけ、あんな駆け引きするのずるい。そんなん楽しめるほど、もう私若くないから」
何か言いたげだったけど、私は思ってる言葉が止められなくていっきにまくし立てる。
「なんかそういうの職場で振り回されるの、もう嫌なんだよね」
「・・・もう? もうってどういう意味・・・?」
「いや・・。別に、深い意味・・ないけど・・・」
つい、咄嗟に出た言葉になぜか反応される。
もう・・・思い出したくない・・のに。
「とにかく!もうやめよ」
食堂で無視されたことに、どういう理由で傷ついたような感情になっているのか、なぜかわからないけれど。
「ねぇ。それってオレのことその瞬間でも気になってたってことだよね?」
すると開き直った言葉が返って来る。
「いや、そういうことじゃなくて」
「オレ無視したことずっと気になってたの?」
「ちが・・!」
「じゃあ、やめる理由ないよね? 興味ないヤツにはそんなこと言わない」
・・・!!
痛いとこ突かれる。
確かになぜか今まで気付きもしなかった相手なのに。
あの瞬間だけでも、あのすれ違ってからも、きっと気になっていたのは事実で。
なぜかこの人にはどこかの瞬間で素直な感情で反応して、そのままその感情が口に出てしまう。
「ほら。何も言えないってことはそういうこと」
「違うから・・・」
どんどんまた向こうのペースに持っていかれそうで、とりあえず否定だけしておく。
「・・・じゃあ。皆に言っていい? 会社で望月さんとの関係」
「は!!?? いいワケないでしょ!」
いきなり何を言い出すんだ、コイツは。
「関係も何もまだあなたとは何も始まってない」
「ならこれから始めればいい」
さりげなく言うその言葉に一瞬またドキッとする。
「な!何言ってんの意味わかんない」
その感情に気付かないフリをして戸惑いを隠すように言葉を返す。
「オレは二人の関係公表しても全然構わないけど?」
だけど、更に強気の言葉を返されてしまう。
「だから。どういう関係だって言うのよ。こんな意味わかんない関係・・・」
まだ何も知らないこの人のこと。
だけど、深入りしてしまう前に。
きっとこれ以上知らない方がいい。
「・・・じゃあ。皆にオレのモノだって言ったら、オレのモノになってくれるの?」
決して冗談を言ってるような表情ではなく。
なぜか真剣な表情で。
じっと見つめられる。
まさかそんな言葉が出てくるとは思わなくて、何も言えずに黙ってしまう。
でも例えそれが冗談だとしても。
いくら今までずっと恋愛から遠ざかっていたとしても。
そんな言葉を言われて、胸が高鳴っていることは、否定できない現実で。
「フッ。すごいね。こんな時までドキドキさせてくるんだ」
そうだ。これがこの人の手なんだ。
私をドキドキさせることをただ楽しんでるだけの人。
きっとどれも本気じゃない、自分もその場をただ楽しむだけの、ただの言葉。
「危な。ちょっと本気で受け取りそうになっちゃった」
危うく勝手に本気で考えそうになった自分から正気に戻る。
「いいよ。本気で受け取ってくれて」
そしてまたこの人は冗談か本気かわからない言葉で、更にまた私を惑わす。
「まだ信じない?オレのこと」
「信じるも何も、早瀬くんのこと全然どんな人か知らないし、何も始まっても いない」
信じたくても信じれない。
出会いの始まりから、普通の恋愛みたいな出会いじゃなかったんだから。
もう・・・恋愛で傷つきたくない。
「・・・そう」
その私の言葉に納得したのか、静かにそう呟いてしばらく早瀬くんが黙り込む。
ほら。きっとどんどん私のことも面倒になってきてるはず。
いちいち突っかかる女なんて面倒なだけ。
周りに寄って来る素直で若くて可愛い女の子たち相手にする方が楽だと思うよね、きっと。
こんなバカげた関係もこれで終了。
素直になりたくてもなれない、飛び込みたくても飛び込めない。
年齢と経験と感情が邪魔して、今はそんな勇気、随分前にどこかに置き忘れて来た。
これが今の自分の現実。
「なら・・・、まずオレを知ることから始めればいい。それなら抵抗ないでしょ?」
「・・・え?」
なのに。
なぜかこの人はこの場から逃げようとしない。
始まってもいないこの関係をまだ終わらそうともしない。
・・・なんで?
面倒でしかないことばかり言ってるのに。
これ以上深入りしない方がきっと楽なのに。
なんで、今度はもっと優しくなるの・・・?
どうしてまだ私と関係を続けようとするの?
「これからオレのこと知っていって? オレがどういう男か」
穏やかに、だけど意志の強い感情が伝わって来るような話し方で。
「なん・・で?」
私がどれだけ突き放してもなぜか逃げようとしないこの人が不思議で。
「ん?これからオレを知ってくれたら。きっと、その理由がわかるはずだから」
わからない。
今はその言葉がどういう意味なのか。
この人と私は、どういう関係で、これからどうなっていくのか。
ただの仕事仲間としてなのか。
それとも・・・。
「どう?」
なんなんだろう、この人は。
積極的に強気で接して来るかと思えば、それとは逆で今度は穏やかに一歩引いて気持ちを優先してくれる。
年下なのに、なぜか年上の私がこの人のよくわからない魅力に振り回されているような気がして。
最初に出会った時に気付かなかったように、なぜかそこまで年齢差を感じるワケでもなく、どこか素直になってしまう、自分より大人な部分が時に見え隠れする。
私のことだって、きっと全然知らないはずなのに。
なぜか私のことわかってるかのように接してくる。
「わかった・・・」
すると、いつの間にか自然にそう答えてしまっていた自分。
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美咲ちゃんらの経営するバー?的な店で常連さんの樹くん…ある日偶然透子と出会うけど、ほんとにそれって偶然なのかな…!!もしかしたら樹くんはずっと前から透子のこと好きだったんじゃないかな…なんてね!もしそうだったらいいな🥹💓