“明日、朝7時半に駅の改札で待ってる”
「そ、そうだ、明日……!」
思い出してさっと頭が冷えた。
あの北畑くんのことだ。私の拒否をおかまいなしに、きっと朝本当に私を待っているに違いない。
(む、無理無理!絶対無理!)
私は急いでスマホを取り出した。
朝一緒に行く気はないって、北畑くんにしっかりと念を押しとかなきゃ……!
でもスマホ画面を見て「あっ」と気づく。
そうだ、私、北畑くんの連絡先知らないんだった……!
別に知りたくもなかったけど、知らないなら知らないで不便だ……なんて思いたくない……!
「も、もういいや。
約束なんてしてない!知らない!忘れる!」
自分に言い聞かせるような大きい独り言を言って、私はバタバタと階段を駆け上がった。
だいたい、北畑くんはわけがわからなすぎる。
突然私と付き合いたいなんて言い出すし、まだ私への興味?も薄れないみたいだし。
どう考えても冗談としか思えないのに、ここまでしつこいと、いやがらせなのか本気なのかわからない。
でも本気なわけないし、いやがらせにしては邪気もないし、一体なんなの……?
(やっぱり北畑くんはわけがわかんないや……)
結局その結論しか出なかった私は、疲れ切って自分の部屋のベッドにダイブした。
お母さんきっと、今日もパートで帰りが遅いだろうな。
ちょっとベッドで横になったら、なにか適当にごはん作っとこうかな……。
料理は嫌いでも好きでもないけど、作ること自体は苦ではないから、お母さんはそんな私を頼りにしているところもある。
……うん、やっぱりなにか作っとこう……。
じっとしてるよりそのほうが気も紛れるし、北畑くんショックに動揺しているよりいいか。
そうして私は夕飯を作って、宿題をして。
家に帰ってからはいつも通りの一日を過ごした。
でもやっぱり夜がきて、朝もくるわけで……。
朝起きてすぐ思い浮かんだのは、イケメンだと思っていたけどもはやイケメンだとは思えなくなってきた北畑くんの顔。
それを思い浮かばなかったことにして、私はいつもどおり「おはよー」と台所に入った。
私がいつも乗っている電車は7時45分発。
今日ももちろんそれに乗って行くつもりだけど、朝ごはんを食べていても、なんとなく時計が気になってしまう。
7時半まで……あと20分。
もしその時間に行くなら、そろそろ家を出ないといけない時間だけど……。
「緑、どうかしたの?
さっきから時計ばっかり見てるけど」
「あっ、いやなんでもないけど」
私はごまかすように、慌てて冷たい牛乳を喉に流し込んだ。
「あ、お母さん、斜め向かいで売りになってた家って……」
「あぁ、そうそう、この間引っ越してこられたじゃない?
それから挨拶にこられてね、みどりと同い年の男の子と、ひとつ下の女の子がいるから、よろしくって」
「あっ、そう……」
やっぱりあそこは北畑くんの家で、それなら「智香」って子は妹なのか。
北畑くんと「智香」ちゃんのことが頭に浮かぶ。
それにしても、自分の妹を「ちゃん」づけするなんて……北畑くんは結構シスコンなんだな……。
その智香ちゃんも北畑くんを「唯くん」と呼ぶんだから、ふたりはそうとう仲がいい兄弟に違いない。
私を睨む智香ちゃんの顔を思い出し、ブルッと身震いする。
そのまま顔をあげると、時刻は7時30分。
(わっ)
急に心臓の音が大きくなった。
気にしないでおこうとするのに、もしかして駅で待たれてるかもしれないと思うと、やっぱり気になってくる。
いやでも、私は「いい」って言ってないし……。
ぐるぐると考えたけど、最後には妙な罪悪感に負け、椅子から立ち上がった。
「お、お母さん、私もう行くね」
「そうなの? 今日は少し早いのね」
「うん、ちょっと……!」
言ってカバンを掴み、急いで玄関を出る。
関わらないでおこうとするのに、私も私で、一体なにをやってるのかって感じだ。
北畑くんに会ったら、一言文句言わないと……!
それだけを心に、私は朝の光の中、勢いよく駅に走った。
うちから駅までは走ったら10分もかからない。
でも遅刻しているわけでもないのに走っているせいで、だんだん北畑くんに対してイライラもしてくる。
(もう! これからあんまり構わないでって言わなきゃ)
言って言うことを聞いてくれるのか疑問だけど、言わないと絶対北畑くんには伝わらない。
この時間はラッシュアワーなだけあって、駅はすごい人だった。
みんな足早に改札をくぐっていく中で、ひとり切符売り場の近くでスマホをいじっている男子高校生がいる。
(……いた)
見つけたくはなかったけど、私は額にういた汗をぬぐいつつ、北畑くんのほうに近づいた。
北畑くんは私に気付き、ぱっと顔をあげる。
「あっ、みどり!」
邪気のない微笑みは昨日と同じだけど、私は同じようには笑えずしかめっ面だ。
「やっぱりみどりなら来てくれると思った」
「もう、気になってきちゃったじゃん!
私、昨日いいって言わなかったのに、どうしているのよー!
明日からはこないから!」
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