テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十八話:地下の心臓と、鉄火な技術者
朧月館の表向きの機能は、温泉、庭園、そして宴会閣の再興によって完璧に見えた。宿には活気が溢れ、あやかしたちの笑い声が絶えることはない。しかし、宿が巨大化し、多くの入居者を受け入れるにつれ、目に見えない部分に深刻な歪みが露呈し始めていた。
宿の全設備を支える霊的な心臓部――地下深くに隠された「霊素循環炉」が、度重なる拡張による過負荷で、今にも止まろうとしていたのである。
「あー、もう! マジでカンベンしてよ。この回路、骨董品すぎて手が付けらんないってば!」
地下の蒸気と火花が散る薄暗い空間に、いら立ちの混じった、しかし鈴を転がすような少女の声が響いた。
そこにいたのは、宿の全インフラを影で支えるチーフ・エンジニア、「カノン」だ。
彼女は「蟹坊主」という古めかしい種族の末裔ではあるが、その外見は現代の少女と何ら変わりない。短く切り揃えたプラチナブロンドに、額には使い込まれた作業用ゴーグル。オーバーオールを腰で結び、サラシ一枚で露わになった健康的な褐色の肌には、重機を妖力で制御するための術式が刻まれている。
特筆すべきは、彼女の背後に浮遊する、カニのハサミを模した六本の「機械式サブアーム」だ。それが主人の意思に従い、精密な工具を手に複雑な回路を組み替えている。
「あ、旦那様! ちょうどいいところに来てくれたじゃん。見てよこれ、マジ受けるんだけど。先代がメンテをサボりすぎて、メインの水晶が完全にいっちゃってるわけ」
カノンは巨大なレンチを肩に担ぎ、口に含んだ飴を噛み砕きながら僕を手招きした。
彼女は外の世界から流れ着く「ジャンク品」を独自の魔改造で蘇らせ、宿のエネルギー供給を一手に引き受けている。
「ここが直んないと、せっかくの温泉もただの水になっちゃうし、一花ちゃんのコンロも火力がショボくなっちゃう。でも、アタシの指先から出す微弱な電気じゃ、もうこの巨大な心臓を叩き起こせないんだよね……」
カノンは、巨大な水晶が埋め込まれた循環炉の心臓部を指差した。
かつては青白く輝いていたであろうその石は、今はどす黒く濁り、宿の「血」である霊液が逆流しかけている。
「ねえ、旦那様。あんたのその、見たこともないくらい純度の高い三色の霊力……アタシの身体を通して、このコアにブチ込んでくんない? アタシが『変換器』になって、エンジンを強制再起動させてあげる。……まあ、アタシの回路も焼き切れるくらいアツくなるだろうけど……旦那様となら、心中してもいいかなーなんてね!」
カノンは不敵な笑みを浮かべ、バチンとウィンクしてみせた。
職人としての自負と、新しき王への純粋な好奇心が混ざり合った、少女らしい挑発。
僕は頷き、熱気に満ちた作業台の上で、彼女の腰を引き寄せた。
「おっ、話が早くて助かるわー。……じゃ、アタシを最高にアツくしてよ、旦那様!」
カノンは作業着を脱ぎ捨て、しなやかでいて引き締まった肢体をさらけ出した。
僕は彼女の背後から、三色の霊力を指先に集め、彼女のうなじにある「妖力の接点」へと直接流し込んだ。
「ひゃんっ!? ……ッ、あ、あはは! ナニこれ、マジヤバい! 脳みそ溶けそうなくらい、すごいの流れてくる……!」
カノンの身体が激しくしなり、褐色の肌に刻まれた術式が三色に明滅し始める。
僕は彼女の中へと自らを沈め、肉体の結合を通じて、魂の根源から溢れる霊力の奔流を叩きつけた。
激しく腰を振るたびに、カノンの背後のサブアームが僕の身体をガッチリとホールドし、彼女の神経回路を通じて霊力が地下室全体へと拡散していく。
「あ、あああああぁぁッ! キタ、キタキタキタァー! エンジン、全開だよ旦那様! アタシの奥まで、エネルギーでパンパンに満たしてぇ……っ!」
それは、冷徹な機械を再起動させるための儀式でありながら、もっとも野生的で情熱的なまぐわいだった。
絶頂の瞬間、僕の放った三色の閃光がカノンを貫き、彼女を介して霊素循環炉へと着火した。
ドォォォォォンッ!!
地底を揺るがすような重低音が響き、濁っていた水晶コアが眩い三色の光を取り戻す。逆流していた霊液は再び勢いよくパイプを駆け抜け、宿の隅々まで新鮮な活力が供給され始めた。
カノンは僕の腕の中で、ゴーグルをずらし、潤んだ瞳で僕を見上げた。
「……はぁ、はぁ。マジで死ぬかと思った……。旦那様、あんたの出力、完全にバグってるって。……でも、超最高。アタシ、もう旦那様専用のデバイスになっちゃったみたい……」
彼女は満足げに笑い、僕の首筋に甘えるように噛み付いた。職人の誇りを持った少女が、初めて一人の男に心と身体を明け渡した瞬間だった。
地下の動力が安定したことで、朧月館はついに「完全体」となった。
だが、その強大なエネルギーの覚醒は、ついに隠り世の境界を揺らし、もっとも厄介な「闖入者」を玄関へと呼び寄せてしまうことになる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!