おはよう
こんにちは
こんばんは
お願いします
ごめんなさい
ありがとう
この世界にある沢山の挨拶の中で、
私は、“サヨウナラ”。
その言葉が、大っ嫌いだ。
「味蕾ー。」
「はい?」
高3、夏の中旬。
全く接点のないクラスメイトに
話しかけられて、
少し、いや、とても困惑した。
「これ、久弥先生に届けてくんね?」
そう言って、一つの資料を渡される。
「これだけでいいのね?」
「おう!よろしくな〜!」
あんまり話したいわけでも無いから
さっさと終わらせたかった。
「これ……春休みの課題資料……。」
私のだと思われないだろうか。
そうヒヤッとした瞬間だった。
軽々と資料が手から離れる。
「僕が渡しとくよ〜。」
「瑠狗先生……。」
英語担当、瑠狗先生。
何かと関わる回数が多く、
あちら側からすると仲良しさん、
っぽい感じだと思う。
「春休みの課題資料……。
渡すの忘れてたの?」
「さっきの話、聞いてませんでした?」
「はは、全く?」
「えぇ……?」
「まぁ聞いてたけど。」
「聞いてたんじゃないですか。」
「ま〜ね〜。久弥には渡しとくから、
帰っていいよ〜。
気をつけてね〜。」
「……はい。」
「味蕾さん?」
「……はい?」
「さようなら。」
「……はい、さようなら。」
夕日が差し込む教室。
忘れ物を取りに帰ってきただけだった。
さっきも言った通り、
私は、“さようなら”って
言葉が少し…いやとても嫌いだった。
“さようなら”って言っちゃうと、
次はもう、会えないようだから。
実際に……そうなったから。
─久弥くんっ!
嫌な記憶が脳をよぎる。
数学の久弥先生は、昔の記憶が無い。
だから、私をただの
“生徒”だと思っている。
本当は昔から実家の近い幼馴染で、
気の弱い私をいつも
妹の様に扱ってくれて、
いつも守ってもらって……
そんな、はずだったのに。
知らないうちに、
彼の記憶から一部が抜け落ちた。
不慮の事故だった。
それ以上は思い出したくも無いけど、
小さい頃の記憶は全部、
それ以外の記憶も少し消えたらしい。
彼と事故の後顔を合わせた時、
─どちら様ですか?
そう聞かれた時は、
時が止まった気がした。
私を知っている彼は、もうこの世にいない。
私もいつの間にか、その生活に
慣れきっていた。
そんなレッテルが、当たり前だった。
__生きた心地がしない。
彼が記憶を無くした時は、
そんな思いに何度も刺され続けた。
私は生徒、彼は先生。
当たり前の関係、当たり前の存在。
この方が、楽なのだろうか。
─さようなら!
彼が事故に遭う前、
笑顔でそう言ったのを覚えている。
昔の自分にあったら、言ってやりたい。
__アンタのせいだ。
家が近いけど、あの日、
公園で遊んでたその日は、
久弥先生が先に帰っていた。
その時、事故に遭った。
勿論その時も、自分を憎んだ。
あの時、一緒に帰ってればって。
私が……そばにいてあげればって。
あんな事故……起きなかったって。
苦しい気持ちが、いつも私を締め付けた。
「味蕾?」
「あっ、久弥先生。」
「教室閉めるぞ。帰んねーの?」
「今から帰るところです。」
「ん、ほんじゃまたな。」
「は、はい、また明日……。」
“また明日”、そう言ったら
明日もちゃんと
また会える気がしたから。
彼をこれ以上、失うのが怖かったから。
また、離れてかないでって、
気持ちを言葉に込めて。
“また明日”。
車の音
信号の音
誰かの歩く音
暴走するトラックの音
それが、間近の店にぶつかる音
急いで起き上がる。
背中は汗でぐっしょり濡れている。
高校生に入って彼を見てから、
またこの夢を見るようになった。
「またこの夢……。」
トラウマってわけでもない。
怖いってわけでもない。
ただ彼に、何も返せてないのが
苦しくって。
私も同じ怪我をできたらいいのにって、
いつも必死に考えていた。
「喉乾いた……水……。」
台所に向かうために電気を付ける。
静かな部屋の中がずっしりとした
雰囲気の様に感じられた。
周りの視線が怖い
世間の言葉が怖い
私の中にある、私を責める
言葉が怖い。
とにかく笑顔を並べて、
何となく陰気臭く過ごしてれば
目立つこともないしと思って
過ごしても、私を見る目が
怖く見える。
特に瑠狗先生とか、
久弥先生と仲が良かった先生達が
私をどう思っているのか怖くて、
先生との関わりはあまりない。
うん、あまりしたく無いが正解。
コップ1杯分の水を飲んでから
もう一度深い眠りについた。
ハンカチは……持った。
スマホも通知オフにしてる。
今日の課題も……あれ?
「課題入れ忘れたぁ‼︎」
こうしないとすぐに
忘れるからダメだった。
数学の課題とか……先生と
話したく無いから忘れたら絶対
ダメじゃん……。
「味蕾ー?遅刻するよー?」
「あっ、はーい!」
課題を鞄に丁寧に入れて、
急いで家を出た。
コメント
1件
小学校の帰りの会ばり辛いやん。 よーく記憶喪失とかストーリーに使われてもヒロインは必死に思い出させようとするしなぁ。 この子はもう諦めてんのかな、それとももう何回も試して諦めてるか…。今後でわかるわな