この日も特に問題なく、
家に帰ってきた。
「ただいま〜。」
「あら、おかえりなさい。」
「暑い……。」
「そうそう、成績表
返ってきたんでしょう?
お父さんが帰ってくる前に
見て済ませとくから、早く出しといて。」
「あ……うん。」
私の父親は、厳しい人だった。
特に、成績には1位じゃないと
怒る人だった。
中学の時に一度、
二桁の順位を取った時、
本気で父にぶたれて、
母もやばいと気づいて、
成績表は極力見せない様にした。
1位じゃ無いときは……特に。
「あ、そうそうそういえば。」
「ん?」
「幹兎、夏休みに帰ってくるって。」
「本当にっ⁉︎」
幹兎は私の兄で、
大学を出てからは地元を出て
高校の先生をしている。
「じゃあ、霧矢さんも
帰ってくるの?」
霧矢さんも同様、兄と地元を出て
先生をして、一緒に帰ってくると思った。
「きっと帰ってくるわよ。
皆帰ってきたら、また海にでも
行ってきなさいよ。
ほら、成績表、しまっておきなさい。」
「あ……うん。」
皆、仲が良かった。
そう……あの日までは、そうだった。
それを私が、壊してしまったんだ。
─味蕾は何も悪くない。
皆ずっと言ってくれたけど、
私の心には、いい様に聞こえなかった。
「……。」
「……久弥さんの事、もしかして
まだ引きずってるの?」
「……うん。」
「もう忘れなさいよ。
誰も味蕾の事責めて無いでしょ?」
「そうだけどさ……。」
「まさか味蕾……好きなの?」
「へっ?いや……そんなわけじゃ……。」
「図星ね?はいはい分かった。」
「ちっ、違うから!」
そんな……好きなんて……‼︎
あっちはあくまで先生で!
……。
好き、なのかなぁ?
いやいやいやいや絶対無い。
記憶を失わせてしまった私に、
好きになる資格なんて……。
「ほーらまた考えてる。」
「なっ、考えてない!」
「青春ねぇ〜。」
「うるさい‼︎」
自分を知らない彼を、好きかわからない。
でも、それでも、好きかもしれない。
私に笑いかけてくれる彼が。
私を支えてくれる彼が。
私に……恋を教えてくれた、彼が。
何度忘れられても、好き。
私が覚えてるから。
私が忘れられないから。
─大切にしたい。
貴方が昔、私に約束してくれたから。
私も貴方を、大切にしたい。
でも私にはまだもう少しだけ、
埋まらない“何か”があった。
「あれ、久弥帰んないの?」
残業時間になっても久弥は
何かを見つめたまま、
全く帰ろうとしなかった。
「あぁ、もう帰る。」
久弥の手元には彼の覚えてないであろう
昔の写真があった。
それは全部、味蕾も写っている。
「……なぁ瑠狗?」
久弥は突然僕の方を向いた。
「……どうしたの久弥?」
僕はいつも通りの笑顔を彼に見せる。
「……俺、何を忘れてんだろうな。」
「どうして急に?」
「味蕾を見てると、
懐かしい感じがするんだよな……。」
「……久弥。」
「ん?」
久弥は不思議そうに僕を見つめる。
「久弥は……大切なことを忘れてるよ。」
味蕾が、好きだったって事。
結局考え事ばっかしてて
あんま眠れなかった。
気をしっかり持たないと……勉強に
できなくなる……。
「あっ、味蕾おはよう!
話があるから放課後保健室に……!」
「言ってる場合じゃありませんよ
睦月先輩!誰のせいで遅れてると
思ってるんですかぁ‼︎
味蕾さんまた後で‼︎」
「あっ、頑張ってください……。」
睦月先生の後輩さん、
今日も大変だなぁ……。
社会科兼保健の先生を持ってる
睦月先輩。
いつもあんなふうに寝坊して
先に学校に行ってた後輩の先生が
迎えにきてダッシュで学校まで行く、
朝はあれを見るのがルーティーン
みたいなものだった。
「おはようございます!」
いつも通りみんなに笑顔を振りまく。
皆から沢山のおはようが帰ってくる。
別に皆と仲が悪いわけでもなくて、
お話したり、グループ作るときに
話しかけてくれたり、
クラスの雰囲気は普通。
私も絡みやすい人が多くて、
学校に行きたく無いって感情はない。
むしろ楽しくて、
私はこの学校が大好きだ。
「味蕾。」
「あ、拓人先生。」
「これ、久弥に渡しといて。」
「……自分で職員室に
行けば良く無いですか……?」
「……味蕾に頼んだ方が
手っ取り早い。」
「えぇ……。」
久弥先生……まぁ一限目数学だし……
大丈夫かな。
ダメだ……全然授業に集中できなかった。
こんな調子で大丈夫かな……?
あ、そういえば……睦月先生に
放課後保健室に呼ばれてたな……。
随分急いでる感じだったけどね……。
「あ、味蕾。」
「久弥先生……。」
「浮かない顔してどうした?」
あぁ、ちゃんと心配してくれるんだな。
それはきっと、“先生”って立場
なんだろうけど……。
「先生……。」
「ん?」
「先生と私は……さ、お、
幼馴染……だよね?」
少しでも覚えてくれてたら……
そんな希望を持ってしまっていた。
「……おいおい、
先生をからかうなよー。」
分かりきっていた言葉だった。
忘れている彼に聞いても、
返ってくる言葉は変わらない。
でも……それでも……
「味蕾?どうした?」
「大切にするって、約束したくせに。」
冷たい声でそう言ってしまった。
覚えて……ないのに……。
目を合わせるのも怖くて、
私は先生を横切った。
コメント
1件
悲しす やけど言ったらそらそう返されるわな、主人公判断ミス