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真帆の家――魔法百貨堂を訪れてから二日後。
僕は加帆子さんから貰った指輪を指でもてあそびながら、真帆が登校してくるのを今か今かと待ちわびていた。
一時限目が終わり、移動教室で他のクラスメイトが次々に教室から出ていく中、僕はひとり自分の席に座ったまま、手にした指輪と教室のドアを何度も何度も交互に見やった。
井口先生に確認すれば、休むという連絡はなかったそうなので、恐らくいつものように、遅刻してくるつもりなのだろう。
予鈴が鳴って、廊下を歩く生徒の姿もまばらになり、各教室からわずかに喧騒が聞こえる中で、僕は大きくため息を吐く。
真帆のことを想い続けているせいか、あの甘いバラの匂いすらほのかに感じられる。
実のところ、どう言ってこの指輪を真帆に渡せばいいのか、考えても考えても良い言葉は思い浮かばなかった。
そもそも、指輪を渡すってだけで何だかプロポーズしているような気がして恥ずかしく、そんなことをする自分の姿を想像するだけでどこか滑稽だった。
そんな僕を見て、果たして真帆はどんな反応をするのだろうか。
加帆子さんは「きっと喜んで受け取ってくれる」なんて言っていたけれど、あの真帆だぞ?
「ぷぷっ」と噴き出し笑いをしながら「何言ってんですか?」と小馬鹿にしたような目で見られるだけなんじゃないだろうか?
そう思ったけれど、しかし日曜日にあの榎先輩のひいお爺さんの研究所?前で見せた恥じらうような姿も同時に思い浮かんで、加帆子さんの言った「本当の気持ちはあまり外に出さない性格」というのも、何だか頷けるような気がした。
もし真帆の普段の言動がその裏返しなのだとしたら、真帆はいったい、いつもどんなことを考えているんだろう。何を思っているんだろう。
僕が知っている真帆なんて、この一週間分の付き合いの中で見せたものでしかない。
たったそれだけで真帆のことをこんなにも意識するようになって。
あの時。
あの、おでこにキスをされた時。
僕はまさか、こんなにまで真帆に心奪われるだなんて思ってもいなかった。
ただ死の呪いなんてものに怯えて、真帆の魔法に恐怖して。
けれど、それが今は――
思わず自嘲の笑みが漏れて、
「なに気持ちの悪い顔してんですか?」
と不意に目の前に現れた真帆の姿に、僕は心底度肝を抜かれて、
「のわわわっ!」
変な声と共に、体を仰け反らせた。
そんな僕の姿に、真帆は「ぷぷっ」と噴き出し、
「これ、榎先輩から借りたんですよ」
と僕に見せたのは、あの天狗の隠れ蓑だった。
「え、ちょっ、いつから居たの?」
慌てて問うと、
「朝から居ましたよ? シモフツくんの横にずっと」
「え、で、でも、それ確か、体は隠せても足までは隠せないって……!」
「見ててくださいね」
と真帆は言うとすっとしゃがみ込み、再び天狗の隠れ蓑を羽織って。
「ね?」
完全に、その姿を隠してしまった。
僕は開いた口が塞がらず、声を漏らすこともできなかった。
それから真帆は再び立ち上がるとその姿を現し、
「私くらいの大きさだったら、しゃがめばギリ隠れられるんですよ。これ、なにかに使えると思いませんか?」
楽しそうに、にこっと笑う。
その顔があまりにも可愛らしくて、愛おしくて。
体調を崩していたって話だったけれど、この調子だとどうやらもう大丈夫らしい。
僕は安堵して、ほっと小さく息を吐いた。
そして。
「――真帆」
「はい?」
この気持ちを、何とか伝えたくて。
「……これ、こないだ真帆の家に魔術書を届けに行ったとき、真帆のお婆さんから貰ったんだけど」
「おばあちゃんから?」
首を傾げる真帆に、僕は片方の指輪を差し出して、
「この指輪を二人でつければ、きっとうまくいくようになるから、って」
真帆はその指輪をしばらくじっと見つめていたが、
「……これ、もしかして」
と小さく呟き、眉間にしわを寄せながら、
「言いましたよね、私。男には興味ないって」
何度も聞いた言葉に僕は、
「うん、わかってる」
と頷いた。
「でも、そうじゃないんだ。男とか女とか、そんなの関係ない」
僕の言葉に、真帆は訝しむように、
「――どういうことですか?」
僕は大きく息を吸い、そして吐き出す。
緊張でわずかに震える身体を心で必死に押さえつけながら、
「僕はただ、楸真帆が好きなんだ」
言ってから、恥ずかしさのあまり視線をさまよわせる。
そんな僕とは対照的に、けれど真帆は顔色一つ変えなくて。
「……」
「……」
やがて僕らは見つめ合い、しばしの沈黙。
二時限目開始のチャイムが鳴り響いて、僕はハッと我に返った。
「あ、いや、だから、その――」
言い淀む僕に、真帆は嘆息しながら、
「――それだけですか?」
と口にする。
「え?」
わずかに呆れたように、けれど微笑みを浮かべながら、
「私に指輪を渡すのに、シモフツくんはそれだけなんですか?」
「あ、あぁ、いや、その――」
僕はしどろもどろになりながら、けれど意を決して真帆に向き合い、真帆の柔らかい右手にそっと手を伸ばして、
「僕は、真帆の事が好きだ。大好きなんだ」
真帆の瞳をじっと見つめながら、僕は改めてそう口にして、
「だから――僕と、付き合ってください」
真帆のその手の平に、もう片方の指輪を握らせた。
真帆は僅かに頬を朱に染めながら、口元に笑みを浮かべて、
「――はい」
ぎゅっと、渡した指輪を握り締める。
そして、僕の唇に「ちゅっ」と軽くキスをして。
「私もシモフツくんのこと、大好きです!」
満面の笑みで、そう言った。
……魔法使いの少女・了