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第3話「奴隷市場にて ―少女リアとの出会い―」
王都・東門近くの裏通りに、それはあった。
雑然とした石畳の路地裏に建てられた、巨大なテント施設。
周囲には鉄格子と護衛兵が配置され、まるで犯罪の巣窟のような空気が漂っている。
奴隷市場――
この世界において、奴隷制度は合法であり、一部の貴族や冒険者が人材を補う手段として日常的に使っていた。
「……雰囲気、最悪だな……」
アレスは呟きながら中に足を踏み入れる。
ギラついた視線がこちらに向けられるが、彼の“最弱ステータス”に気づいてか、誰も興味を示さない。
むしろ見下すような、嘲るような空気。
(まあいい。仲間が欲しいだけだ。信頼できる、俺と同じ“弱さ”を知ってる奴が……)
そうして、ふと目を引かれた。
薄暗い木製の檻の奥――
その一角に、まるで影のように座り込んでいる少女がいた。
「……?」
ボロ布を纏った小柄な体。
顔はうつむいていてよく見えないが、異様に長い髪が肩を覆い、何かを拒絶するように全身を縮めていた。
怯え、震え、絶望そのものの姿。
「そいつはやめとけ。もう何日も何も喋らねえ。魔力反応もねえし、たぶん心が壊れてる。最安値で売ってるが、ゴミみたいなもんだ」
そう言ったのは、奴隷商人の男だった。脂ぎった顔に下卑た笑みを浮かべている。
だがアレスは、その少女に目を奪われていた。
(この感じ……どこかで……いや、まさかな)
彼は檻の前にしゃがみ込み、静かに声をかけた。
「……名前、あるか?」
少女は顔を上げない。
だが、震える唇から、かすかに声が漏れた。
「……リア」
アレスの心臓が、跳ねた。
「――え?」
今、たしかに聞こえた。
この世界にありふれた名前ではない。どこか……地球的な響き。
「もしかして……君も、転生者か?」
リアが微かに顔を上げた。
その目は、光を失っていた。
けれど、ほんの少しだけ――その奥に、懐かしさのようなものが浮かんでいた。
「……君も……地球から……?」
「そうだよ。アレスって名前だ。俺も転生してきた」
すると、リアの目に一筋の涙が浮かんだ。
「……やっと……誰かに……会えた」
その瞬間、アレスは決めた。
「この子を買う。いくらだ?」
「……はぁ? マジで? 使いもんにならねぇぞ」
「いくらだって言ってんだよ」
奴隷商人は肩をすくめながらも価格を提示した。アレスが王から支給された僅かな資金のほとんどを注ぎ込むことになったが――迷いはなかった。
やがて、リアは檻から引き出され、アレスの手に引かれて市場を出た。
陽光の下で改めて見た少女は、小柄で、髪は腰まで伸び、バサバサと風に揺れていた。
彼女は怯えたようにアレスの手を握りながら、初めて彼を見つめた。
「……ありがとう。でも……私は、役に立てないよ。魔力もない。戦えない。記憶も……ぼんやりしてるの……」
アレスは笑った。
「それならちょうどいい。俺も、ステータスはオール1の最弱だからな」
リアは呆然としたあと――くすり、と小さく笑った。
その笑顔は、ぼろぼろで、儚くて、でも確かに“人間”のものだった。
(この子を、守ろう)
アレスは静かに決意する。
たとえ全世界を敵に回しても、この子の笑顔だけは守り抜くと――
《第4話へ続く》