―「もう退院してもいいかもしれませんね」
私の担当医が明るくそう告げた。
「本当ですか?」
「はい。体の異常は無いみたいですし、足の骨折は通院してリハビリしてもらえば、大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
「では明日までに退院の手続きしておいてください」
「はい。分かりました。」
―退院か…あの親子は大丈夫なのだろうか…
「ナツミー、退院できるんだってー?」
「あ、お姉ちゃん。うん、そうだって」
「そっかーよかったな。で?あの子のお母さんには会ったのか?」
「いや、まだ…」
「まあそうだよな。…うーん…そういやさっき来てたぞ、お母さん」
「………会いに行こうかな」
―私はハヤテ君の病室へ行った。そこには昏睡状態で寝ているハヤテ君と横に座るお母さんがいた。
「…こっ…こんにちは…」 私は勇気を持ってお母さんに声をかけた。
「あ…こんにちは…どうしましたか?」
私の予想に反し、穏やかに答えた。
「あのっ……そのっ…」 言葉が詰まる。
「―本当に、申し訳ございませんでした」
私は深く頭を下げようとした…しかし松葉杖のため、下げることが出来なかった。
「……許すことはできません…」
…許されなくても仕方がない。そりゃそうだ。自分の家族が事故に巻き込まれたのだから。
「ですが……夫ならきっとこう言います。『しようと思ってした物では無いのでしょう?なら頭をあげて、息子が帰ってくるように応援してください』と。だから、この事を理由に自殺をするなんて馬鹿なことはしないで、見守っていてください」
「っ………はいっ……」
私はその言葉を聞いた時、ああ…この家族は優しいんだなと心底思った。無意識のうちに、目から涙が溢れてしまっていた。
…しかし感動したのも束の間、私は言わなければならないことがある。
「あの…」
「どうしたんですか?まだ何か…?」
「実は、お伝えしたいことがあって…………
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風がなびく。緑が流れ、木々は囁く。
今日も変わらぬ日。一体どうしたらいいのか……。
昨日、やっと決定的な事実を掴めたのに、結局ハヤテを帰すことはできない。
とりあえず、読んだ小説の内容をまとめよう。
1冊目、『帰したくば』。 とある中学校で事件が起こった。いじめの対象になっていた生徒が屋上から飛び降りた。幸い命は助かるのだが、救急車の中で彼は言う。
「必ず殺す。僕にこんな思いをさせた奴を…」 そしていじめっ子はしっかり叱られ改心し、大人になる。子供もいて、幸せな日々を送る。しかしある日突然、電話がかかってくる。それはあの時のいじめられっ子。「お前の子を誘拐した。帰してほしいならあの日の罪を謝罪しろ。償え」 そしていじめっ子といじめられっ子の心理戦、『いじめ合い』が始まる。という物語。
2冊目、『しょうがっこうせんそう』。 これは、小学校で起こったいじめの話だ。いじめられっ子の子は、自分だけ標的にされているのが悔しくて、仕返しの計画を始める。そして数ヶ月後、ついに実行に移すときが来た。いじめられっ子は仕返しを実行し、準備してきた物を全てを使って反撃する。すると初めていじめられたいじめっ子はこう思う。「絶対やり返してやる。これは僕らの戦争だ」と。その二人の『戦争』は周りの大人も巻き込み、社会にすら大きな波を起こす。という話。
そして最後の3冊目、『君と銃弾』。 これは、「今、目の前で起こっているいじめは、本当にいじめなのか」というテーマのもと書かれた作品だ。舞台はアメリカ。主人公はいじめられっ子の友達で、見ていることしかできなかった主人公は、友のためにいじめをやめさせるという決意をする。しかし全く話は聞いてもらえず、何日も過ぎ、ダメだとは承知の上で、父親がしまっている拳銃を持ち、いじめっ子を脅す。弾は抜いており、撃たない、いや撃てないはずだった。しかし… という物語だ。
どれもいじめがテーマとして挙げられる作品。どうしてこうも揃うのか… 信じられない。
しかし、このタイミングでこの本の追加は、偶然ではないはず。嘘であってほしい気持ちと、真実らしきものを見つけた快感が入り混じる感覚に、私は耐えられなかった。
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俺はキツネ!今日も一生懸命神の遣いとして、働くのだ!
あ、そうだそうだ。壁の補強しなきゃ。最近自殺する奴が多いから生死を分ける大切な壁が脆くなってるんだよなー。ホント、迷惑極まりない!
自分で自分の人生終わらすのはいいけど、結局死は死なんだよな。ま、しょうがないか。めんどくさいな、ニンゲンは。
偉大なる神様がお造りになった生命を簡単に投げ出して、勿体ないと思うけどなぁ〜
「あのーすみませんキツネさん」
「え?」
なんだこの子?
「どうしたんだ君」
「あのこんにちは。ぼくはハヤテというのですが、あなたがえらい人ってほんとうですか?」
「あ…ああ、そうだよ!偉い人さ!なんか用?」
「あのー相談したいことがあって…」
「お、なんだいなんだい?言ってみな!」
―そこから、その子から出てきた言葉は、それまでの壮絶さと辛さを物語るようだった。
OVER 第七章 『三者其々』 完
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