テラーノベル
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「……仕事中じゃないのか」
声。
背筋が、凍る。
振り向く前にわかる。
「……チャンス」
路地の入口に立っている。
影の中でも、はっきりわかる視線。
「お前さ、ピザ屋の仕事好きって言ってたよな」
一歩、近づく。
足音がやけに響く。
「何してる」
答えられない。
言葉が、出てこない。
(違う)
(これは)
何を言っても、
違う気がする。
沈黙。
その間を、
チャンスは一瞬で見抜く。
「……そうか」
低く、短く。
次の瞬間。
チャンスはマフィオソのネクタイを掴んだ。
「お前が仕事してる間は、俺がこいつの相手してやる」
そのまま――
キス。
一瞬、
何が起きたのか理解できない。
でも、
次の瞬間。
ぞわ、と。
胸の奥から、
はっきりとした“嫌悪”が広がる。
(……違う)
(違う、これは)
「やめろ」
思ったより、強い声が出た。
チャンスが、ゆっくり離れる。
マフィオソは抵抗しない。
ただ、静かに様子を見ている。
「……お前と同じ事してるだけだ」
チャンスの声。
冷えている。
「違う」
即座に否定する。
「何が」
「……チャンスが」
言葉が、詰まる。
でも、
止まらない。
「他のやつと、そうしてるとこ……見たくない」
はっきりとした、本音。
空気が止まる。
チャンスの目が、
わずかに揺れる。
マフィオソは――
何も言わない。
ただ、
ほんの少しだけ、
ゆゆゆゆ
3,331
#doublefedora
興味深そうに細める。
「……そうか」
チャンスが、小さく息を吐く。
さっきまでの張り詰めた空気が、
少しだけ緩む。
ネクタイを掴んでいた手を、離す。
「悪かったな」
ぼそっと、短く。
それが、
誰に向けた言葉なのか、
一瞬わからない。
マフィオソは、軽く襟元を整えて――
「面白いな」
とだけ言う。
それ以上は踏み込まない。
「今日はここまでにしておこう」
一歩、引く。
「君が“選ぶ”瞬間は、悪くない」
視線だけを残して、
路地の奥へと消える。
静寂。
残るのは、
エリオットとチャンス。
しばらく、何も言わない。
さっきの光景が、
まだ残っている。
(……見たくなかった)
はっきり、そう思う。
チャンスが、少しだけ近づく。
さっきとは違う距離。
エリオットは、エプロンを強く握る。
「チャンスごめん……俺は」
「いいから」
チャンスが、遮る。
エリオットの赤いバイザーをつまんで、少し下げる。
「早く仕事に戻れよ」
強さはない。
でも、
押し付けでもない。
ただ、
“選ばせた上での言葉”。
エリオットは、
一瞬だけ迷って――
「……うん」
小さく、頷いた。
足が、店の方へ向く。
一歩。
でも、
止まる。
振り返る。
チャンスは、
そこにいる。
変わらないはずの顔。
なのに、
(……ちゃんと、違う)
初めて、
“選んだ上で”そう思う。
そのまま、
何も言わずに店へ戻った。
――でも。
唇に残る感覚は、
まだ消えていなかった。
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