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昼食を終えた後、ルシンダはある人物の訪れを待っていた。
アーロンから聞いた話はあまりにも信じられない内容で、一体どういうことなのか、彼からも詳しく説明してほしかった。
その人物はちょうど朝から王宮に来ていたらしく、それほど待たない内にルシンダの部屋へと来てくれた。
「ルシンダ、体調はもう平気か?」
「はい、もう大丈夫です。クリスお兄様」
ルシンダがソファを勧め、二人で向かい合って腰を下ろす。
紅茶の準備をしてもらった後、侍女たちには下がってもらい、ルシンダは本題に入った。
「クリスお兄様、どういうことですか? 私が、フィールズ公爵家の養女になるって……」
さっきの食事のとき、アーロンが言ったことだ。
ルシンダはこれからランカスター伯爵家から除籍され、フィールズ公爵家の養女となる、そう決まったらしい。
まさか疲れて眠りこけていた間にそんなことが話し合われ、しかも即決定してしまうなんて。
「……まだ内々で話しただけで、正式にそうなるまでは時間がかかると思うが……」
わずかに目線を下に逸らしながら答えるクリスの言葉をルシンダが遮る。
「そういうことを言っているんじゃありません。これはお兄様が提案した話だと聞きました。どうしてそんなことを……」
悲しげに眉を寄せるルシンダに、クリスは一瞬ためらうそぶりを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……今回、誘拐を企てたのはサシャだが、それを手助けしたのはランカスター伯爵夫妻だ」
「あ……」
「エリアス殿下とルシンダが婚姻を結べば、マレ王国の鉱山と侯爵位を贈与すると約束されて協力したらしい。そんな人間のいる家に、これ以上ルシンダを置いておくわけにはいかない。それに、今後またルシンダを狙う人間が出てこないとも限らない。その場合、我が家では力不足だ。だがフィールズ公爵家に入れば、まず迂闊な真似はできないだろうし、何かあってもルシンダを守れる力がある」
クリスの言っていることは分かる。
でも、これからは自分も十分に気をつけるし、危険なことになりそうであれば、今回のように王家に保護してもらうという選択肢だってあるはずだ。わざわざ戸籍を変える必要があるとは思えなかった。
納得できないでいるルシンダの顔を見て、クリスが困ったように笑う。
「……それに、ルシンダには愛情深い家族が必要だと思ったんだ」
「え……?」
「ルシンダは前からユージーンに懐いていただろう? それに、夏季休暇に入ってからは、彼の弟やご両親とも親しくなっていた。公爵家での茶会のことを話すときのルシンダは、とても楽しそうで……幸せそうだった。だから、フィールズ公爵家の養女になるのが、一番いいと思った」
「……なんですか、それ……」
なぜだろう、急に泣きたいような気持ちに襲われて、声が震える。よく分からないけれど、とても悲しくて、たまらなく寂しい。
「でも、それでは……クリスお兄様が一人になってしまうじゃないですか……!」
たしかにルシンダは孤児院から引き取られた元平民の子供で、ランカスターの血を引いているわけではない。言ってみれば、赤の他人だ。
それでも、今までずっと、あの空虚な屋敷でクリスと二人支え合ってきた。それなのに、自分がランカスター家を出ていってしまったら、クリスは一人ぼっちになってしまう。
フィールズ公爵家の養女となれば、前世の実の兄であるユージーンもいるし、ジュリアンや公爵夫妻もきっとルシンダを歓迎して優しく接してくれるだろう。
でも、クリス一人に孤独を押しつけ、自分だけが愛のある家族を手に入れて幸せに暮らすだなんて。そんなこと、出来るわけがない。
しかし、涙目で睨むルシンダを、クリスは温かな眼差しで見つめた。
「ありがとう、ルシンダ。僕を気遣ってくれてるんだな。……でも、大丈夫だ。僕は年齢でいえばもう十八で成人だし、もうすぐ学園も卒業する。両親がどうであろうと、気にしない」
「でも……」
きっぱりと断言され言葉に詰まっていると、向かいのソファに座っていたはずのクリスが、いつのまにかルシンダの横に立っていた。
「ルシンダ、今までと関係は変わってしまうが、僕の気持ちは変わらない。……ずっと大切に思っている」
クリスが優しくルシンダの頭を撫でる。
よくあることのはずなのに、なぜか今日は胸がぎゅっと痛くなる。
「私も、お兄様のことをずっと大切に思ってます」
頭を撫でるクリスの手に触れ、そう言葉を返すと、クリスは一瞬驚いたように目を見張った後、小さく微笑んだ。
「……ああ、そうだと嬉しい」
その声にどこか切実な響きを感じ、ルシンダの胸は不思議と騒めくのだった。