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草原草原(くさはらそうげん)

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local99
#大人の恋愛
瑠璃マリコ
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「十人分」
お初は台所の板の間に座って、膳の数を指で数えていた。数えて、また数えた。
「分家の旦那様と、ご親族がお二方。仲人の白鳥夫人。有明の奥様とお嬢様。旦那様と奥様。それに、分家の旦那様はお供を連れておいでになる。十人。いや、お供の分は台所で」
「お初さん」
千歳は上がり口に立っていた。三日後の親族会のことは、文から聞いていた。膳の支度をお初が一人で抱えていることも。
「椀は、何がありますか」
お初が顔を上げた。
「椀」
「お客の数だけ、同じ塗りのものがあるかどうか。なければ、上座の四人を揃えて、残りは別の塗りで。向かいに座る人同士が同じなら、目立ちません」
言ってしまってから、千歳は口を閉じた。言うつもりはなかった。有明の屋敷で、藤乃が客を呼ぶたびに、椀の数と塗りを合わせるのは千歳の仕事だった。数が足りない家で、足りなく見せない工夫を、十年、していた。
お初は千歳を見ている。それから、膳の上をもう一度指で数える。
「奥様。続けてくださいな」
千歳は板の間に上がった。
膳の順を言った。汁は最後に温め直して、焼き物は親族が座ってから火にかける。香の物は先に切っておいて、水に戻しておく。酒は一度に出さず、二本ずつ。徳利を持つ人が、文一人なら、二本が限りだからだ。
お初が、頑きながら聞いていた。文が戸口で、口を開けていた。
「奥様」
お初が言った。
「あたしより、早い」
千歳は手を止めた。褒められたのだと分かるまでに、少しかかった。
「奥様は、どこでそれを」
「……家で」
それ以上は言わなかった。お初も聞かなかった。文が「有明さんのお屋敷で、って意味ですよね」と言って、お初に「文」と止められた。
台所の戸口に、玲司が立っていた。
いつからいたのか。千歳は板の間から下りようとした。奥様が台所で指図をしている。柘植に見つかれば叱られる。玲司に見られるのは、もっと困る。
「君の家だ」
玲司は言った。
「好きにしろ」
廊下へ戻っていった。足音が、書斎の障子で止まった。
千歳は板の間に立ったまま、お初を見た。お初は何も言わず、椀を数え直していた。十人分。数えて、頑いた。
翌日、廊下で柘植に呼び止められた。
「奥様」
時計を見て、懐に戻す。手に、紙を持っている。
「お席の順でございます。ご覧いただけますか」
千歳は紙を受け取った。広間の卓の形と、名前が並んでいる。上座に恭介、親族の二人、白鳥夫人。向かいに有明の二人。玲司と千歳は、一番下だ。
「これで、よろしゅうございますか」
聞かれている。千歳は紙を見た。十年、藤乃の客の席を決めるのは千歳の仕事で、藤乃はそれを一度も見なかった。見ないで、当日に文句を言った。
「……白鳥夫人を、分家の旦那様の隣から、少し離していただけますか。有明の、斜め向かいに」
「理由を伺っても」
「白鳥夫人は、有明の奥様の顔を見ながら話すほうが、嘘をつきにくいと思います」
言ってから、口を閉じた。言い過ぎた。柘植は紙を見て、懐から鉛筆を出し、名前を一つ書き直した。
「承知いたしました」
それだけで、廊下を去っていった。千歳はその背中を見ていた。あの人は、奥様に聞いた。聞いて、直した。
文の噂は、昼に来た。
「有明の奥様、お嬢様の振袖を、ご親戚から借りたんですって」
縁側で、文は千歳の足袋の繕いをのぞき込みながら言った。三足目だ。
「呉服屋が届けなかったから。親族会に着ていくものがないって、方々に手紙を出して。お姉さんの嫁ぎ先の、年の近い娘さんの振袖を」
梢が、借り物の振袖を着て、この家に来る。
千歳は針を止めなかった。紅の反物を仕立屋まで取りに行ったのは冬だ。あれは、届かない。梢は人の振袖を着て、この家で、取り替えを言う。
「奥様、嬉しくないんですか」
文が言った。
「あたしだったら、ざまあみろって思いますけど」
「文ちゃん」
「はい」
「それは、思わない」
文は首を傾げた。千歳は針を進めた。嬉しくはない。嬉しくないことを、文に説明する言葉がなかった。梢が借り物を着ることと、千歳が若草色の着物を誂えてもらうことは、同じ秤に載らない。載せたくなかった。
夕方、門の外で人力車が止まった。
一台で、降りてきたのは白鳥夫人だった。
柘植が玄関で応対し、千歳を呼んだ。白鳥夫人は玄関の式台に座り込んでいた。扇で口元を隠している。扇の上の目が、赤い。
「奥様」
夫人は千歳を見て、立ち上がろうとして、立てなかった。
「奥様、お願いでございます。私を、かくまってくださいまし」
千歳は式台に膝をついた。
「白鳥夫人。何が」
「有明の奥様に、脅されております」
扇が震えていた。
「親族会で、私が、娘は梢様お一人だと、もう一度申し上げるようにと。申し上げなければ、私が受け取ったものを、世間に」
受け取ったもの。千歳は聞き返さなかった。聞かなくても、分かる気がした。藤乃が梢を連れて、何度も白鳥夫人の家に通ったと、とよが言っていた。通って、置いてきたものがある。
「私は、仲人でございます。仲人が、嘘を申し上げたのです」
夫人は扇を口元に戻して、その陰で言った。
「けれど、御堂様は。御堂様は、最初から」
「あの日、私は」
夫人は扇を下げた。口元が見えた。色がない。あの日と同じだ。千歳が車寄せに立った日。
「あの日、私は、御堂様から――」
廊下の奥で、足音がした。
書斎の障子が開く音。玲司の足音だ。千歳には、もう聞き分けられる。
白鳥夫人の口が、開いたまま止まった。
千歳は夫人の袖を引いた。黙って、と言う代わりに。夫人が口を閉じた。
足音が、玄関に近づいてくる。
コメント
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ああ、めっちゃじわじわ沁みた……! 台所で膳の数を数えるお初と、そこに自然に加わる千歳の手際、気づいたら千歳のほうが速かったってシーン、めちゃ好き。玲司が「君の家だ。好きにしろ」って一言で去るとこもグッときたし、柘植がちゃんと意見を聞いて直すとこも含めて、家族の形がちょっとずつ変わってく感じが丁寧で泣ける。白鳥夫人の泣き出し方も含めて、次が気になりすぎる……!