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傷の場所を覚えている
ゼミが終わる。教授が退出する。
その瞬間、本当の授業が始まる。
講義棟裏の非常階段。
悠翔はそこで、「服を脱がされた」ことがある。
脱がされたというより、「脱がないと帰さない」と言われた。
「大丈夫。証拠には残さないから」
「研究の一環だろ?他者からの視線にどう反応するか、だっけ?」
寒風に晒された皮膚が震えるのは、寒さではなかった。
羞恥という名の風が、血管の中で吹き荒れていた。
ポケットに突っ込まれたスマホ、撮影音。
画面には、泣きそうに俯いた自分の裸の肩。
それが後に、“資料”として匿名SNSに投稿された。
“このくらいで泣くとか、大学来る資格あるの?”
“自己憐憫もここまでくると才能”
もう日常だった。
・下駄箱に詰められる腐った食材
・レポートに勝手に貼られた「使用済みの何か」
・財布の中に入れられる「兄の写真」
・エレベーター内で押し込まれる、密着という暴力
ある日は、ゼミ棟の物置に閉じ込められた。
「今日は一日、“黙想”ってことで」
中には、鏡と、彼のノートのコピーが落ちていた。
ノートには、勝手に編集された「自白文」。
「兄の体温を思い出すと、落ち着く。
嫌いじゃない。むしろ、自分から求めていたのかもしれない」
字は、なぜか本人の筆跡に似せられていた。
真実か虚偽かより、「見た者がどう思うか」だけが支配を決定づける。
悠翔の体には、「いつもの場所」に、いつもの痣がある。
殴られる場所。蹴られる場所。
下着のゴムがこすれる位置には、曖昧な傷跡が残る。
肌がこすれたのか、引っかかれたのか、あるいは「押し付けられた」のか。
判別できないことが、逆に苦しみを増幅させる。
「泣くとバレるから、泣かない。
でも、痛みは覚えていないと、“次”に同じことを繰り返される」
だから覚えておく。
肩の内側、肋骨のすぐ下、太ももの裏側。
次、そこを隠すにはどう立てばいいのか。
ゼミ後のコンビニでは、店員が目を伏せる。
学校帰りの駅では、同級生たちが肩を叩いたふりをして「傷跡を確認」する。
悠翔は、知っている。
「日常」こそが拷問だと。
教室の笑い声が、自分の内側の骨を叩くたび、
記憶は深く、深く、静かに傷跡を刻み続けていた。