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※ストレスがたまったときの悠翔への加害。
【蒼翔】「静音暴走」
夜のアパート。その扉は鍵をかけていても無力だった。
ドアが開いた瞬間にわかった。蒼翔だ。
怒りの気配が、空気を焦がしていた。靴も脱がずに踏み込んでくる足音が、部屋の床に響く。
「……風呂、入ってなかったら殺す」
背後から低く呟かれ、悠翔は思わず息を止めた。次の瞬間、首根っこを掴まれて壁に叩きつけられる。
「てめぇ、俺のことナメてんのか?」
掴んだ拳の重さと怒声が同時に落ちてきた。部屋の空気が一瞬で変わる。殴られることに慣れたはずの身体が、今日だけは異常に冷えていた。
「ご、ごめんなさい」と反射的に声が漏れる。
だがそれが逆鱗だったのか、顔に拳が食い込み、鼻の奥で血の味が滲む。
「謝って済むと思ってんのか、クズが」
一発ごとに怒りが染み込んでくるようだった。蒼翔の目は赤く、何か別の場所でも揉めてきたのだろう。泥のついた袖口が、悠翔の頬をかすめた。
「テメェのせいで、また“俺”が言われんだよ。『あの動画の弟くん』ってよ……」
怒鳴るというより、吐き捨てるような声。そのままの勢いで押し倒され、シャツが引き裂かれる。汗と皮脂とタバコの臭いが混ざった体温が、逃げ場のない部屋の中で増幅していく。
その夜、悠翔は身体を洗っても、あの匂いを落とすことができなかった。
机の上には、いつのまにか置かれた小さなUSB。触るのも、目にするのも、恐ろしかった。
【陽翔】「優しい毒」
その日、陽翔は笑って訪れた。花を持って。
「おまえの部屋、相変わらず殺風景だな」
ソファに腰を下ろし、まるで昔話でもするかのように話し始めた。疲れたように見えたが、それは演技だった。
「……教授たちに、“いい弟さんですね”って言われるんだ。光栄だよ、ほんと」
茶を差し出す悠翔に目もくれず、彼は悠然と続けた。
「でもさ、ほんとに“弟”として機能してんの?」
笑っていた。けれど、声の端に確かな棘があった。
「俺、最近、すっげー疲れててさ」
その一言のあとに、陽翔は立ち上がり、悠翔の顔に触れた。優しげに、でも冷たく。
「癒してくれよ、弟なんだから」
抵抗を許さない重さで押し倒される。口元に浮かぶのは、慈悲に似た暴力。
「おまえがここにいる意味、教えてやるよ」
静かに、穏やかに、支配は進行していく。陽翔の加害は、「優しさ」という形を借りて行われる。
声を上げれば、傷はもっと深くなる。だから悠翔は、ただ黙っていた。
【蓮翔】「指先の編集室」
蓮翔が来るときは、決まって無言だ。
夜中の2時、何の連絡もなくドアが開いた。合鍵は当然、3人とも持っている。
「眠れてる? 最近さ、いい感じの素材が少なくて」
挨拶代わりにそんな言葉を吐き、リュックから三脚を取り出す。悠翔の顔色を見ずに、カメラの位置を決め始めた。
「最近、おまえの“リアル”が足りないんだよね。もっとこう……泣き顔とか、崩れた声とかさ」
蓮翔の手つきは、どこまでも冷静だった。
彼にとって悠翔は「撮る対象」であり、「壊れていく過程」そのものだった。
「兄弟って、便利だよな。撮っても、誰も文句言わないし」
押し倒されるまでに、ほとんど言葉はなかった。ただ、シャッター音が、静かに空間を刻んでいた。
画面越しに自分を見下ろす蓮翔の目は、いつもとても澄んでいた。
後日、「素顔の記録」と題された新たな動画が匿名アカウントから投稿された。 サムネイルには、泣き腫らした目と、震える唇の自分がいた。