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「……どうして」
私の喉から漏れたのは、掠れた、自分でも驚くほどか細い声だった。二十余年、警察のデータベースにさえ詳細が伏せられてきた、少女による正当防衛。事件があまりにセンシティブであり、加害者が死亡していたため、世間には保護されたという事実だけが流されたはずだ。
「推理……したんですか? それとも、特権を使って過去の秘匿記録を盗み見たの?」
問い詰める私の指先は、テーブルクロスを白くなるほど握りしめていた。だが、柊さんはワイングラスを置き、伏せたまつ毛の影を落としたまま、静かに首を振った。
「記録なんて必要ない。……僕はね、あの時、君のお母さんの隣にいたんだよ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
「……え?」
「霊感商法時代の顧客だったんだ。君の母親も。当時、娘を誘拐されてパニックに陥っていた君のお母さんは、真っ先に『加賀美』に助けを求めた。……前のひろみさんと同じように、奇跡を願ってね」
柊さんの声には、いつもの艶やかな響きがなかった。冷たく、乾いた、砂を噛むようなトーンだ。
「僕はその状況を、絶好の商機だと判断した。……君がどこにいるかなんて知りもしないのに、適当な出まかせを言って、彼女から家の貯金を巻き上げた。……もし君が死んだとしても、『死者と通信ができる』と言って、さらに金を絞り取る算段まで立てていたのさ」
耳の奥で、キーンという高い音が鳴り響く。目の前にいる男。私が今まで、どこか孤独な過去を抱えた「救世主」だと信じ始めていた男が、私の人生で最も暗い闇の傍らで、ハイエナのように笑っていた。
「……最低」
「ああ、最低だ。だが、予定は狂った。……君がお母さんに保護されたと聞いた時、僕は耳を疑ったよ。十歳の少女が犯人のナイフを奪って自力で逃げ出した。……警察が突入した時にはもう、犯人は息絶えていたと。これは母親から直接聞いた……その話を聞いた瞬間、僕は潮時だと思って手を引いた。事態が大きくなりすぎて、僕の嘘が暴かれるのを恐れたんだ」
柊さんはゆっくりと顔を上げ、私の瞳をまっすぐに見つめた。そこには、初めて見る後悔に似た色が滲んでいた。
「あの時、僕にできることは何もなかった。……いや、能力の活用法を変えていれば、本当の意味で君を救う手助けができたのかもしれない。……その思いは、汚れた詐欺師としての僕の心に、消えない棘として刺さり続けていた」
「……それで?」
「初めて警察で君と会った時、名前と父親が警官などの情報からあの時の少女だと気づいた。……ああ、あの時の少女は、こんなにも真っ直ぐで、残酷なほど正しい人間に育ったのかと。……少しだけ、胸が痛んだよ」
柊さんの言葉は、優しさなどではなかった。それは、暴かれた真実という名の、最も鋭い刃だった。
私の母が新興宗教にのめり込んだきっかけ。父が仕事に没頭し、家庭が壊れていった遠因。そして、私が人を救うために正義に固執するようになった、あの血塗られた記憶。
そのすべての中心に、この男がいた。
「……私を、そんな目で見ていたんですか」
「葵さん……」
「ずっと、私を観察して、面白がっていたの? 自分が騙した女の娘が、正義の味方ごっこをしているのを……!」
椅子が床を擦る高い音が、静かなレストランに響き渡った。私は、運ばれてきたデザートを一瞥もせず、バッグを掴んで立ち上がった。
「……もう、顔も見たくない」
「……」
柊さんは、私を止める言葉を持たなかった。私は、震える足でレストランを飛び出した。
夜風が、涙で濡れた頬を冷たく叩く。信じていたものが、足元から音を立てて崩れ落ちていく。
私が守りたかった正義も、柊さんとの間に芽生えかけていた淡い感情も、すべては最初から、彼が仕掛けた嘘という名の舞台装置の上で踊らされていただけだった。
私は、夜の喧騒の中、あてもなく走り続けた。掌に残るあの生暖かい感覚が、今までで一番激しく、私を内側から焼き尽くそうとしていた。
#オリジナルキャラクター有り
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