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「桐生くん!おはようっ!」
朝の光を浴びながら、橘ひよりは全力で走ってきて、ぴょんと高坂桐生の隣に並んだ。肩で息をしながら、ニコッと笑う。
「朝から元気すぎ」
桐生はため息混じりに言いながら、ポケットに手を突っ込んだまま歩く。ひよりのキラキラした笑顔に対し、彼の顔は相変わらずの無表情。
「だって今日も桐生くんと一緒に登校できるんだもん!」
「……そんなことで?」
「そんなことって……ひどい!」
ぷくっと頬を膨らませるひより。でもすぐにまた嬉しそうに笑い、桐生の後をついていく。
ひよりは犬みたいに懐っこく、桐生のことが好きだった。猫系の彼はそっけない態度ばかりだけど、それでもひよりはめげずに距離を詰める。
そんなひよりのことを、クラスの女子たちは「まるで忠犬」だと言った。
「桐生くん、昨日の数学の宿題やった?」
「うん」
「すごい! 私、わかんないとこあってさ、教えてほしいなーって」
「……今ここで?」
「だめ?」
ひよりがじっと上目遣いで見つめると、桐生は少しだけ眉をひそめて、面倒くさそうにため息をついた。
「昼休みに」
「やったー! ありがとう桐生くん、大好きっ!」
「……」
桐生は何も言わず、ただ前を向いたままだった。けれど、ひよりは気づかなかった。彼の耳が、ほんの少し赤くなっていることを。
放課後。
ひよりは桐生の後ろをトコトコついていった。彼は図書室で本を借りるらしい。猫みたいに静かでマイペースな桐生には、図書室がよく似合っていた。
「桐生くんってほんとに猫みたいだよね~」
「……そう?」
「うん! 気分屋で、甘えてくれないし、でもたまーに優しい!」
「犬みたいに懐っこくないだけ」
「えぇ~、犬もいいじゃん!」
「俺は猫のほうが好き」
ふと、桐生がぼそっと言った。
ひよりは一瞬、心臓がドクンと跳ねた。でも、それが「好き」の意味じゃないことはわかってる。彼はただ、性格の話をしているだけ。
それでも、気づけば聞いてしまっていた。
「……もし、私が猫系だったら……桐生くん、もっと好きになってくれた?」
冗談のつもりだった。けれど、桐生はひよりを見下ろし、静かに言った。
「――猫系だったら、愛したよ」
その瞬間、ひよりの心に、冷たい風が吹いた。
「……そっか」
笑おうとした。でも、できなかった。
犬系の自分ではダメだったんだ。
猫系だったら、愛してもらえたのに。
ひよりは、自分でも知らないうちに拳を握りしめていた。