テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
おその★
23,007
めかぶぷりん
358
#SnowMan
おその★
6,887
483
テラリウム・エルシアの泉は、そこを出た後も続いていて、七色に仄かに輝く水はどこに向かっているんだろうと不思議に思った阿部たちが、その流れに沿って歩いて行くと見えてきたのは、テラリウム・エルシアとは別のタイプのガラスのドーム。
滑らかな曲面が幾重にも重なり、大きな波が連なっているようにも見える。透明なガラスには空と湖の青が映り込み、その上を水の流れをなぞるような白銀のラインが走っていた。
正面には――――Aquarium Elsia。
💚「アクアリウム・エルシア……テラリウムにアクアリウム。それにさっきのとこもエルシアだ」
💙「どうした? 阿部ちゃん」
💚「名前、似てるなって。さっきは植物のドームだったから、こっちはアクアリウム、水のドームってことかな」
💙「そういうとこ、よく気が付くよねー」
💚「これも癖みたいなものだから」
🖤「でも、気が付いた方が楽しめるんじゃない? このパーク、いろいろ仕掛けがあるみたいだし」
💚「確かに。さっきのアスレチックも、キャストの方はアスレチックだなんて言ってなかったし、最後に何が待っているのかって、ジップラインのことも言わなかったね」
🖤「あとあれ。ステーションパス。あれだって、気付かなかったらできなかったでしょ?」
💙「確かに。あんまり説明しない感じなんだろうな。それがこえーんだけど」
💚「まあまあ。でも結果、楽しかったんでしょ?」
💙「うん。めっちゃ楽しかった」
💚「なら良かったよね」
そんな会話をしながらドームの中に入ると、中は青い光が差し込んでいた。全部が青いわけではなく、太陽の光が差し込んでいるところだけ、すぅっと青い線が入っている。それは雲間から太陽の光が見えるようで、まるで水の中の景色を彷彿とさせる。
壁には、蔓とは違う水草を思わせるような緑が柱に巻き付いており、まだ地上だというのに水の中に入ってしまったかのように錯覚させられる。
真っすぐに受付に向かえば、キャストの男性が深く頭を下げる。海兵を思わせるような帽子をかぶり、燕尾服のように裾の長いジャケットの先は魚のひれのようにひらひらとしたデザインの、白から青にグラデーションのかかった色味が綺麗な服に身を包んでいる。
「水と幻想が織りなす夢の跡地、アクアリウム・エルシアへようこそ。ウンディーネの導きに感謝いたします」
💚「ウンディーネの導き、ですか?」
「ええ。こちらの湖には水の精霊であるウンディーネが棲んでいるのです。ウンディーネの加護を受けて輝く水の旅へと、ご案内しております」
🖤「これって、乗り物?」
「乗る場合もございますが、散策型と申し上げた方がよろしいでしょうか。ご自身で歩き、時にボートで進み、湖中を回遊するという施設となっております」
💙「ゆっくり見られそうだな。さっきのでちょっと疲れた」
💚「翔太はずっと、怖くて緊張してたからね」
「この先は、あちらの案内人が皆さまをご案内いたします。どうぞ、お進みください」
手のひらで指し示された先には、水を思わせる透き通る水色のリボンのついた帽子をかぶり、水の流れのような多重のロングスカートを履いたキャストの女性。
「この扉を抜けた先まで、少し案内をさせていただきますね」
二枚の大きな水でできた羽根がついているような門をくぐりぬけると、チューブ状の道が続いている。そのチューブはまだ湖上だが、緩やかに下り、緩やかにカーブを描いている。
「こちらは《アルシエル湖》。古くから、水龍の姿をしたウンディーネが棲むと伝えられている湖です」
🖤「ウンディーネって、さっき受付の人も言ってた水の精霊?」
「はい。この地には、ウンディーネの加護を受けた水は七色に輝くという逸話が残されているんですよ」
💚「七色……あ、さっきの川」
「お気付きでしたか。生命樹の根元を流れる水も、皆さまが辿ってこられた小川も、全てこのアルシエル湖へと繋がっています」
💚「アルシエル湖に棲む水の精霊ウンディーネと、生命樹。だから生命樹にも小人が住んでるし、生命樹から生まれた光がドーム内に浮かんでた。凄い、一つの物語になってる」
🖤「阿部ちゃん、謎解き好きだからこういうの好きそう」
💚「めっちゃ好き。多く語られないところがいいよね。あとで気付けるから」
💙「パーク回るだけで楽しそうだな」
💚「それにさっき、受付の男性が言ってたでしょ。ウンディーネの導きって。あれって、テラリウム・エルシアから流れる七色の川を辿るとアクアリウム・エルシアに来れるからってことだよね」
「その通りでございます。生命樹のあるテラリウム・エルシアでは生命の光が溢れています。そのおかげでウンディーネの加護が強くなり、その川の水がこうして湖に流れてくるのです。アルシエル湖自体は普通の色をしておりますが、時折、七色に輝く瞬間がございますので、見られたら幸せが訪れるとも言われております」
話を聞きながら歩いていると、いつの間にか完全に水の中に入っている。
「湖をご覧ください。こちらでは様々な魚が泳いでいるのですが、通常の魚とは違うのが見て取れるでしょうか」
そう言われてチューブの外へ目を向ける。
青く澄んだ水の中を泳いでいる魚は、確かにどれも見慣れた姿とは少し違っていた。
身体が透き通り、内側に淡い光の筋が走っているもの。大きなひれを花びらのように広げ、水中を舞うように泳ぐもの。長い尾びれをリボンのように揺らしながら、三人の頭上を群れになって横切っていくもの。
💙「うわ、すげえ……」
🖤「ホントだ。普通の魚じゃないね」
💚「これも、ウンディーネの加護?」
「ふふ。どうでしょう」
🖤「そこは教えてくれないんだ」
「この湖に棲む生き物たちが何故このような姿をしているのか。それもまた、アルシエル湖に残された謎の一つでございます」
💚「なるほどね」
そのまま歩いて行くと、湖の向こう側に別の透明なチューブが見えた。
次の瞬間、凄いスピードで通っていく白いもの。水でできたヒレのようにも見えたそれは恐らく、コースター。
🖤「今のって……」
「タイミングよく見れましたね。あれは《ウンディーネの軌跡》です。ウンディーネの姿は人の目には映らないと言われていますが、その身に纏う水衣が起こす揺らぎだけは、見ることができるのだとか」
💚「絶対、佐久間たち乗ったよね」
💙「すげえスピードだったな」
🖤「ここから佐久間くん達見えたら面白かったのにね」
💚「あの組はもう、こんな序盤のとこにはいないと思うよ」
🖤「確かに」
そうして話していると、道の奥に門が見えてきた。大きな両開きの扉で、素材は曇りガラスのような半透明の青。表面には、水の薄膜を何枚も重ねたような柔らかな凹凸がある。左右から流れてきた水の筋が中央で触れ合っているようで、閉じていると一枚の揺れる水のヴェールみたいだ。
「それでは、私はここで失礼いたします。ここから先は、アルシエル湖の守り人が皆さまをこの先の旅へお送りいたします」
案内人の女性が扉を開くと、壁に青白い波紋が広がる洞窟だった。その横は水が青い光で照らされた水路を流れており、小さなボートが浮いている。ボートの先端は高く伸びていて、そこに水しぶきのような形のガラスでできたランタンがゆったりと水に合わせて揺れている。
そのボートの傍には、先ほどの案内人と似たデザインながら少しかっちりとした印象の衣装を身に纏っている男性が立っている。
「こちらからボートにお乗りいただけます。どうぞ」
示されるままにボートに乗り込む。前に二人、後ろに二人乗れるようになっていて、対面式だった。前に阿部が乗り、後ろ側に目黒と渡辺が座ると、守り人の男性は首元に下げていたペンダントを手に取った。雫にも似た透明な鱗が、細い鎖の先で揺れる。
「こちらは光を受けると七色に輝く《ウンディーネの鱗》です。この輝きが、皆さまを無事に導いてくれることでしょう」
そう言って鱗を、水しぶきのようなランタンに近づける。すると、青白かったランタンに淡い色が滲み、やがて七色へと変わった。
それを合図にしたかのように、ボートがゆっくりと動き始める。
少し蛇行し、洞窟を抜けると一気に視界が広がった。そこは湖中で、ボートに乗っているのに水の中にいるような不思議な光景だ。
白や淡い水色、薄紫、サンゴ色の枝状のものが群生しており、それは水中の庭園のよう。ところどころ先端が半透明になっており、呼吸するかのようにゆっくりと明滅している。
その間を泳いでいるのは、さきほど見た魚たち。
花びらみたいなひれの魚が珊瑚の間をひらひら抜けたり、透明な小魚の群れが舟の頭上を横切ったり。水流に合わせて水草も長いリボンのように揺らめいている。
そして舟が近づくとランタンの光に反応してか、サンゴがほんのり七色に染まり、小さな魚がボートの周囲に集まって来る。
💚「わ……キレイ」
🖤「さっきまでと全然違うな」
💚「うん。別の世界に入ったというか。さっきまでは湖を通ってるトンネルの中だったのに、今は実際に水の中にいるみたいだ」
🖤「竜宮城に行くのって、こんな感じかな」
💚「あ、わかる。あれも海の中だしね」
💙「この先に何があるんだろうな」
💚「楽しみだね!」
ゆったりと、けれど確実に進んでいるボートは緩く弧を描いており、段々と太陽の光が遠くなっていくからか、水の色は白から水色、そして青へと変わり、やがて深い青になっていく。
🖤「結構、深くまできた?」
💚「うん。大分、太陽の光がなくなってきたね。ランタンがあるから暗くはないけど、ちょっと雰囲気変わったかな」
その時、淡く輝いていたランタンの光が強くなったかと思うと、目の前の岩礁が左右に割れて―――その奥に、それが姿を現した。
深い青の水底に、巨大な城が沈んでいる。
白銀と淡い青を基調とした城は、長い時を水の中で過ごしたとは思えないほど美しい。幾つもの尖塔が高く伸び、その先端には薄い布のようなものが水流に揺らめいている。
先ほどまであれほど目にしていた魚も、水草も、ここには一つとして見当たらない。珊瑚すらない。
あるのは、静かに沈む城と、どこまでも深い青だけ。
水の中にあるはずなのに、水流すら止まってしまったかのようだった。
💚「……お城だ……」
💙「すっげ……」
🖤「竜宮城、ホントにあった」
💚「ふふ、そうだね」
まだ遠くに見えるその城を目指して進んでいくボートは、先ほどまでの水中を進んでいるというところから、湖底なのか白い砂や岩の上を通っている。
💚「あれ、なんかある」
💙「どれ?」
💚「ほら、あそこ……街灯?」
阿部が指差す先にあるのは、白銀の細い支柱の先が二つに枝分かれし、その間に、細長い雫型のガラスが一粒吊られているもの。今は光を宿しておらず、砂に大半が埋もれてしまっている。
💚「あの街灯、ルミナシアパークの街灯に似てるね」
💙「そうか?」
💚「そうだよ。あの、雫っぽいのとか」
🖤「同じパークのだから似てるのかも」
そのあとも、壊れた欄干、倒れた柱、石造りの小さな広場、瓦礫などが段々と多くなってくる。それは少し異様な光景として映る。
💚「え、なんか、不気味になってきた?」
💙「ちょ、変なこと言うのやめろって」
💚「いやでも、なんかあるんだよ」
更に城へ近づいて、その理由を知った。白は荘厳な佇まいをしているが、そのところどころが欠けたり崩れたりと、完璧な形を成していなかったから。
落ちているのは、城の瓦礫。
けれど少し古く見えるその城は、今も尚、当時の姿を保っているかのように堂々とそこに建っている。
その城の手前にはボートの降り場があり、アルシエル湖の守り人の女性がボートを停泊させてくれて、ゆっくりと降り立つ。
「お疲れさまでした。それではこれより、こちらのお城、アルトリオンの中へお進みください」
見上げても太陽の光が届かない場所にある城に、足を踏み入れた。
城の中へ足を踏み入れた瞬間、世界の色が変わった。
外を満たしていた深い青とは違う。そこに広がっていたのは、透き通るようなエメラルドグリーン。
高い天井を持つ広大な玄関ホール。その両側には白い柱が等間隔に並び、正面には二階へと続く大階段がある。
けれど、どこか普通の城とは違っていた。
天井の一部が透明になっているのか、頭上にはゆらゆらと揺れる水面が見える。そこから差し込む淡い光が水に揺らされ、白い床や柱の上を絶えず形を変えながら流れていた。
まるで、城そのものが水の底で眠っているかのよう。
💚「……中も水の中みたい」
💙「でも普通に息できるし、濡れもしないんだな」
💚「そういう演出なんだろうね……凄いな」
三人の足音が、静かな城の中に小さく響く。
外と同じように、ここにも人の気配はない。
正面に伸びる大階段の一部は崩れ、白い床にはところどころ亀裂が走っている。それでも、壁に施された銀の装飾も、階段の手すりに刻まれた細かな模様も、長い年月を経たとは思えないほど美しく残っていた。
アルトリオンの中では、キャストが他の来園者と言葉を交わしている姿も見受けられる。水色と白を基調とした衣装は、水の流れをそのまま形にしたような軽やかなデザインで、透ける布や水滴のような装飾が歩くたびに揺れている。
歩いて中を見ていくと、どうやら本物の城のような作りになっているらしいことが分かった。廊下の両側にはそれぞれ部屋があり、中を覗くと古びた書斎や執務室、応接間などがある。更に進むと大きな食堂があり、そこで食事をしている人たちがいた。
💚「あ、そういえば、ご飯のこと考えてなかった」
💙「今、何時だ?」
💚「12時すぎくらい。ちょうどいいから、何か食べて行こうか」
💙「だな。ちょっと休憩したいし」
🖤「俺もお腹空いた」
💚「だよね。いっぱい歩いてるし。ちょっと寄ってこうか」
そこで軽くお昼ご飯を済ませてのんびり過ごし、再び散策をしてから出口へと向かった。どうやらこのアルトリオンの更に下に湖底が広がっていて、そこで宝探しができるようになっているようだったが、そこまではいいねということで、出口のある湖中エレベーターへと歩いて行く。
透明なガラスでできたエレベーターは、真っすぐに昇っていくタイプではなく螺旋を描いていて、アルシエル湖を360度見ながら湖上へ昇っていった。深い青だった水は徐々に明るさを取り戻し、やがて頭上から差し込む太陽の光が三人を包み込んだ。
アクアリウム・エルシアを出た後は、そのすぐ近くにある城が目に飛び込んで来た。遠くからも見えていた天耀宮エルセリオンだ。せっかくだからと近くまで見に行き、その大きさに圧倒される。
正面の大扉は開かれており、来園者が次々と中へ入っていく。その両脇では、白と淡い金を基調とした衣装のキャストが客を迎えていた。肩から胸元へ光が広がるような金の装飾が入り、透き通った空色の宝石が煌めいている。どこか天上の使いを思わせる、エルセリオンらしい装いだった。
来園者たちが潜り抜ける大扉を見つめながら、阿部がぽつりと呟いた。
💚「……同じだ」
🖤「何が?」
💚「扉。アルトリオンの正面の扉と同じだよ」
💙「そうだったか?」
💚「うん。よく見ると、窓の形も似てるし、なんとなくお城自体も似てるかも」
🖤「よく見てるね。すごいな、くらいにしか思わなかった」
💚「それでいいと思うよ。俺は気になっちゃうっていうだけだから」
中に入ることはせずに外観だけを見てその場を離れた。
コメント
1件