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「……クソッ、あのケチな経理担当め!」
電話を切った直樹が、リビングに戻ってくるなり壁を蹴りつけた。
先ほどまでの傲慢な態度は消え、顔は土気色に濁っている。
「どうしたの、直樹。会社から何か……?」
「…ただの事務的なミスだ。お前は黙ってろ」
直樹は苛立ちを隠そうともせず、ドカリとソファに座り込んだ。
しかし、その指先は小刻みに震えている。
箱根の『会議室利用料』という無理のある但し書きを、会社が不審に思ったのだろう。自業自得だ。
「……ねえ、直樹。もし何か困っているなら、私に相談して?私はあなたの妻なんだから」
私は膝をつき、直樹の震える手にそっと自分の手を重ねた。
内心では、その脂ぎった皮膚に触れるだけで、指を切り落としたいほどの嫌悪感が込み上げてくる。
けれど、声はどこまでも優しく、慈愛に満ちた「聖母」を演じる。
「詩織……お前……」
直樹が驚いたように私を見た。
「お前、さっきもPC隠して……俺のことを恨んでるんじゃなかったのか?」
「まさか。隠したのは…実は言うとあなたへの誕生日プレゼントを調べていたからよ。……でも、あなたがそんなに苦しそうなら、私にできることがあれば、何でも言って欲しいの」
嘘だ。
プレゼントなんて、1円の端切れだって買うつもりはない。
けれど、窮地に立たされたネズミは、差し出された「偽りの救い」に縋り付くものだ。
「……本当か?本当に何でもしてくれるか?」
直樹の目が、ギラリと卑しく光った。
「ああ、お前なら……お前なら経理を誤魔化せるかもしれない」
「えっ……? どういうこと?」
「今回の箱根の出張、実は……お前も同行してたことにするんだ。お前が資料作成の補助として付いてきて、その打ち合わせに会議室を使った」
「……そう言えば、家族同伴の出張手当として処理できる。お前、俺が無理やり連れて行ったってことにしろ。いいな?」
耳を疑った。
自分の不倫旅行の証拠隠滅のために、私に「共犯者」になれと言っているのだ。
もしバレれば、私もろとも会社から訴えられるリスクがある。
「…でも、そんなことしたら、私が会社に嘘をつくことに……」
「お前は俺に従ってればいいんだよ。これが成功すれば、会社も納得する。お前だって、俺がクビになったら路頭に迷うんだぞ?」
直樹は私の肩を強く掴み、必死に言い含める。
私はわざとらしく数回瞬きをし、小さく頷いた。
「…分かったわ。あなたがそう言うなら、私、協力する。……でも、証拠が必要よね? 私が箱根にいたっていう……」
「そうだ! お前のSNSとかに、箱根の写真をアップしろ。日付を偽造してな」
「ええ……。頑張ってみるわ」
私は俯き、口元が歪むのを必死に堪えた。
直樹、あなたは今、自ら進んで「証拠」を積み上げていることに気づいていない。
私に嘘の証言を強要し、証拠隠滅を指示した───
そのやり取りも、私のポケットの中でボイスレコーダーが完璧に拾っている。
「よくやった、やっぱりお前は俺の最高の妻だ」
直樹は私を抱きしめた。
不倫相手と同じ香水の匂いが、私の服に移る。
汚らわしい。
けれど、私はその背中に手を回し、優しく叩いた。
(そうよ直樹。私はあなたの『最高の妻』として、あなたを地獄の底まで見送ってあげる)
あなたが自ら掘ったその穴に
今夜、私が必要な「スパイス」をたっぷり投げ込んであげるわ。
【残り93日】
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