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真っ暗な部屋に立っていると、誰かが入ってきて電気を付けた。 カチッと音がして、グロースターターの震える音が響く。
「まだいたのか、こんな暗い部屋に」
男は、俺の返事も待たずに言葉を投げつけてくる。
「そろそろ出ていくか。ここから何かを変えなけりゃいけないよな。さあて、何から始めようか?」
男は俺の話を一切聞こうとしなかった。 ただ、俺がこの暗い部屋の中にいることだけを知っていて、そこから何かを取り出すかのように、俺に言葉を投げかけ続ける。
返答は出来ない。 まともな返答をする明確な答えが、俺の中には無い。
周りは電光石火のごとく激流の中。 この暗い部屋だけが、静かに時を止めている気がする。 キラキラした輝きに目を焼かれて、俺は視線を伏せた。
そうやって目を伏せていると、ふと考える。 「このままでいいのか」ということである。
「このままでもいい。だが、事はそう運ばないらしい」
なぜなら男が訪ねてきて、執拗に語り掛けるからである。
だが、語り掛けられるその言葉に力はない。当然だ。言葉はただの文字に過ぎない。 とてつもない力となって世の中に波及するためには、「輝き」が必要だ。
だけど、ここは暗い部屋の中。 だから男は光を灯しに来たのだろう。
よくよく考えてみても、この男には関係の無い話である。 もし仮に、俺が放っておかれたとしても、この男の人生には何も影響しない。 この男にとって語り掛けること自体、暇つぶしか、慈悲の心なのかはわからない。
ただ、男が語る物語は、どことなく部屋の中に、そして自分の中に入ってくる。
そもそも、俺はこの部屋の電気のスイッチがどこにあるのか知らなかった。 知ろうともしなかったし、知り得なかった。
でもスイッチを見つけられなかった一番の理由は――。
「光を灯したくなかったから、見つけたくなかったんだ」
男はそれを知っていたのだろう。それを感じ取っていたのだろう。 人の心に土足で上がり込んで世界を語る。その目は、眩しく輝いていた。
俺は部屋の電気を消して眠る。 でも次の日、また次の日と、その男が部屋に訪れて光を灯していく。
「嫌にならないか?」と聞いたことは、不思議と無い。
男が語る世界は取り留めもなくて、突発的で、突拍子もない。 時には何かわかるように、時には何もわからないように話す。
「何か俺にあるのか? 俺には何もないぞ? 黙って話を聞いてるだけだぞ?」
そう思っていても、俺は言葉を発せない。 いや、喋ることはできるのだけど、俺の言葉には力が無い。 暗い部屋にいる俺には、言葉に力を持たせる「輝き」を入れる方法がわからないんだ。
でも、この男は知っている。
「じゃあ聞いてみたら? 教えてもらえば?」
……意味が無い。 聞いたとしても、俺は自分を輝かそうとしていない。 本気で輝かそうとしたら、何らかの形を残せるはずだ。
でも、そうじゃないんだ。
暗転から明転へ。裏から表へ。 そんな安易な言葉の力は、輝いてはいない。
世界は激流の中で動き続けている。 自分は、静止し続ける星のようにその中にいる。
自分から光り輝くことは、誰にも出来ないだろう。 誰かに照らされるまで。何かに照らしてもらえるまで、徹底的に待つしかない。
でも。 何もしていないのであれば、この男は俺の元へ来なかっただろう。 わざわざ俺の住所を調べて、部屋のドアをノックしてくるはずがない。
入り込んで、明かりを灯す。
どんなお人好しでも、こんなことはしない。 非常識な男だからこそ、こんなことが出来るのだろう。
でも、なんで? なぜ、そんなことをするのか。
答えが見つからないまま、ある日、俺は手に持っている「モノ」に気が付いた。 男が見つけてくれた、スイッチだった。 握っていることに気が付くまで、随分と時間が掛かってしまった。
「カチッ」
部屋に明かりが灯ると、目の前に机が現れた。 その上に載っていたのは。
「コインとボール」
俺は長い時間、散々迷ったが――。 ボールを手に取って部屋を出ようとドアに手をかけたその瞬間、男が部屋に入ってきた。
「……お前なら、きっとボールを選ぶと思っていたよ。さあ、変革の時だ」
男は俺の目を見て、嬉しそうに笑っていた。