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やわらかな唇を押し入って、口腔に舌が侵入する。
迎えるそれの反応の乏しさに戸惑ったか、男は一旦唇を離した。
「……有夏?」
「ん……んん?」
感触を楽しむ余裕はあるらしい。
有夏と呼ばれた青年の舌先がチロリと自らの唇をなぞる。
「なにぃ、幾ヶ瀬?」
「何じゃなくて……」
再び重ねられる唇。
狭い1DKのアパートの室内。
空気を揺らすのは次第に荒くなる呼吸音と、動く舌と唇がたてるなまめかしい音の微動のみ。
煌々とつけられた灯かりを気にするでもなく、男が二人折り重なっていた。
床に足を投げ出しベッドにもたれるように座る若い男──有夏は指先までだらりと垂らし、されるがままという体勢だ。
右手に有夏の細い肩、そして柔らかな薄茶の髪を左手で撫でて、口づけを繰り返すのは幾ヶ瀬と呼ばれた黒髪の男。
「痛った」
有夏に言われ幾ヶ瀬は少し笑った。
眼鏡を外し、側の座卓に置く。
「痛ったいし」
「ごめんごめん」
眼鏡の縁が額に当たったのだろう。
顔をしかめておでこをさする有夏の手首を、幾ヶ瀬はつかんだ。
「有夏……」
低い声で名を呼ぶと、有夏の肩が微かに震える。
幾ヶ瀬の唇が有夏の耳たぶを甘く噛み、ゆっくりと舌が顎のラインを降りていく。
「はぁっ……どうしよう、幾ヶ瀬」
有夏の声が揺らいだ。
「どうするって何? 有夏は何もしなくていいよ」
俺がするんだからと、白い首筋をはしたない音をたてて吸った瞬間。
有夏の手が幾ヶ瀬の背を叩く。
イヤという意思表示でもなく、宥めるふうでもなく、ましてや続きを催促する甘やかな叩き方でもない。
「アマゾン」
「え?」
「アマゾン、くる」
思考停止したように固まった幾ヶ瀬の肩をリズミカルに叩きながら、有夏は玄関にちらりと視線を送った。
「19時から21時指定なんだよ。今何時?」
「あ、えっと……19時、5分かな。えっと、有夏?」
幾ヶ瀬が尚も未練がましく有夏のうなじに顔を埋める。
「どうしてもすんの? んじゃ5分、いや3分で終わらせろよ? 配達、もういつ来てもおかしくないんだから」
これには少なからずムッとしたように幾ヶ瀬が顔をあげる。
「無理だよ、3分なんて」
「そぉ?」
平然とした表情で小首を傾げる有夏。
「わりと入れた瞬間イッたりしてんじゃない。3分ありゃ余裕じゃね?」
「有夏、可愛いおクチで何てこと言うの! そ、それに俺は終わった後も有夏と抱き合ったりキスしたりしたい」
ヨ・イ・ンと叫ぶが、有夏は小馬鹿にしたように「アハハッ」と笑う。
「幾ヶ瀬、前戯に異様に時間かける時あるもんな。しつこい、てかエロジジィかって」
自分だってあんあん言って感じるくせに、と目の前で指先をくにゃりと動かしてみせるが、今の有夏に効果はなさそうだ。
ハッと笑って受け流されるだけ。
それより玄関の方へと注意が向いてしまっている。
「じゃあいいよ。自分家に戻ったら」
「ああ、それは大丈夫。隣りにいますってドアにメモ貼ってきたし」
「あぁ、そうなの……そうなんだ……」