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Envy 3
痩せこけた女中頭によって、ヘレンの鉛のように重い身体を乗せた車椅子は大部屋へと入った。ジョン・ムーアとの会話の途中、急にヘレンは激しい眩暈を感じて倒れたのだ。そんな中で、ジョンは確かにヘレンの顔を見つめて微笑んでいた。
能面のような顔の女中頭が車椅子を押して、豪奢な大部屋の中央までヘレンを移動させると、几帳面にクキリと首の音をだし、お辞儀をして部屋を出て行ったようだ。
今でも霞がかった頭で、ヘレンは考えていた。
体調を崩す直前に、確かに青い炎の暖炉からとても嫌な奇妙な感覚が増したことを。
けれども、すでに思考もままならないほど頭が重くなり、腕一本すら動かすこともできなかった。ヘレンは襲い来る恐怖によって、ひたすらモートに心の中で助けを呼んでいた。
時間の感覚を失ってから幾らか経った頃に、身体も動かない。話し相手もいない。ついにヘレンは心細さで泣きたくなってしまった。心の中で大声でモートに助けてと叫んだ。
いつの間にか後ろに誰かが立っている感覚をヘレンは覚えた。
「そんなに大声をださないでください。もう、あなたは大丈夫ですから……」
若い男の声だった。
それもよく聞く声……。
オーゼムだった。
だが、ヘレンは安堵の気持ちと共に不思議な気持ちが浮かび上がった。何故なら今まで心の中で大声でモートを呼んでいたからだ。
冷静に考えると、かなり首を傾げられることだ。
後ろの方からオーゼムの柔らかい祈りの声が上がった。
すると、ヘレンの腕が少しずつ動かせるようになった。
身体が動かせるんだという安心感。ヘレンは頭の中も元通りに、いや、かなりスッキリとしてきた。
ヘレンはとても嬉しさを感じたが、同時にとてつもない不安を感じた。今の状況を知りたくて、この大部屋をぐるりと恐る恐る見てみることにした。
やはり、多種多様な絶滅種の剥製が壁の至る所に飾ってあったが、クロアシイタチや、レッサーパンダのように、中には絶滅危惧種も混ざっていた。緑を基調とした内装だった。高価そうな硬い絨毯が敷かれ、剥製と絨毯以外は、家具は値が張るが質素な造りだった。今まで気がつかなかったが、バラの香りがする部屋だった。
どうやら、女性の部屋のようだ。
天蓋付きのベットがどこか女性らしさを更に際立たせていた。
「それにしても、凄く豪奢な部屋ですね。私の部屋よりも大きいのでは?」
オーゼムは呑気な声を発し、部屋を隅々まで調べそうな顔になっていた。
ヘレンはさっきの女中頭がまた来てしまうのではと気が気でなかったので、たまらなくなってオーゼムに尋ねてみた。
「オーゼムさん。ジョン・ムーアは一体何者なんですか? あなたなら何かがわかるはずだと思います。ジョンは私をどうしようとしたのでしょう? この部屋に押し込んで一体……?」
オーゼムは突然に深刻な顔付きになり、ヘレンに顔を向けた。
「今からお話する言葉は、決して、モート君には言わないでくださいね……約束できますか?」
ヘレンは非常に不安だったせい。ともとれる心境だったので、素直に頷いた。
「今から、10年前にジョン・ムーアという人物がいました。その男は恋人を失くし、失意の念を何年も持ち続けて病気になったのです。そうです。心の病です。それは……絶滅・死滅・道連れ・終焉というものが、彼にとっては興味が持てる。唯一の生き甲斐のようなものになったのです」
ヘレンは一体何を言っているのかと眉間に皺を寄せたくなった。けれども、少し冷静になればそれらが連想させるのは、全て死だ。身震いして、オーゼムの話に聞き入ると同時に疑問に思った。
「終焉? 死滅? オーゼムさん? 何を言っているんですか?」
「この話はまだ、ヘレンさんには言っていませんでしたね……」
そこで、オーゼムは世界の終末の話と、自分が天使だということを告げた。
オーゼムの熱意によって、そして、誠意のある説得力がヘレンを世界の終末を信じさせ。とあるビジョンを浮かばせた。
それは、あの……青い炎の暖炉だった。