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その日の放課後。
私は今、黒宮さんから譲ってもらった自転車を押しながら、肩を並べて歩いているところだ。
ふと、空を見上げる。黄金色の夕焼けが視界いっぱいに広がった。
とても綺麗だった。美しかった。全く別の世界に迷い込んでしまったのではないかと錯覚する程、幻想的に私の目に映った。夕焼け空なんて、それこそ何十回、何百回と見てきたはずなのに。不思議なものだ。
黒宮さんと一緒にいるからだろうか。いや、そうに違いない。きっと、彼は私に『魔法』をかけてくれたのだ。
どんな魔法なのかは分からない。けど、彼がかけた魔法によって、私はきっと別の世界に誘われたのだ。
そう、確信できた。
「おい、ガマガエル。なんで自転車に乗らねえんだよ。俺まで付き合わされて自転車を押して歩くとか面倒くさえんだよ。理由を教えろ」
「あ、いえ。なんか、使うのがちょっともったいなくて」
「それだと譲った意味がねえじゃねえか。本当はいらねえんじゃねえのか? だったら返せよこの野郎」
「嫌です。返しません。大事に使わせてもらいます」
「……勝手にしろ」
私の言ったことで機嫌を悪くしたのか、いつもの仏頂面が三倍増しになってしまった。
でも、もう知ってるけどね。仮に今、機嫌が悪くなったとしても、黒宮さんはたぶん私のことを第一に考えてくれるってことを。
いつも無愛想でぶっきらぼうだけど、心根が優しい人であることは鈍い私にだって分かる。
「で。勉強のことだが――」
黒宮さんの言葉を遮るかのように、ポケットの中に入れてあったスマートフォンが鳴り出した。はて? 華ちゃんからだろうか?
「なんだ? 電話か?」
「え? まあ、そうみたいですけど。ちょっと失礼しますね」
取り出したスマートフォンの画面には『お婆ちゃん』と表示されていた。珍しいな。お婆ちゃんが私に直接電話をかけてくるだなんて。
用件がある場合、ほとんどはお母さんにかけて、その内容を私に伝えるというのがいつもの流れなのに。
とりあえず、私は応答ボタンをタップした。
「もしもし、お婆ちゃん? どうしたのいきなり」
『おお、久し振りじゃのう優。元気しとったかね』
「うーん、元気だけど。一応」
「一応ってなんじゃね? 何か変わったことでもあったのかい?」
私のことを『ガマガエル』とか呼んでくる変わり者の男子がいて、なんて言えやしない。なので、「ううん、大丈夫。元気元気」と返しておいた。
それよりも、やっぱり気になる。どうしてお婆ちゃんが私に電話をかけてきたのか。よほどのことがない限り、私に電話をかけてきたりはしない。お婆ちゃんはそういう人だ。だからそれなりに理由があるはず。しかも重要な。なので私は単刀直入に訊いてみることにした。
すると、ちょっと思いがけない流れへと話は進んでいった。
『土日は学校お休みじゃろ? 良かったらウチまで来てくれんかね? ちょっと大切な話があってな』
土日というと、黒宮さんがさっき言っていたボランティアの日と重なってしまう。とはいえ、お婆ちゃんからの突然の電話だ。しかも『大切な話』だと言っている。
が、日にちを変更してもらおうと考えていたら、お婆ちゃんが先に切り出した。否。先に気付いたみたいだ。
『ふむ。どうやら別の用事があるようじゃな。だったら来週はどうじゃ? 予定は入っておるのか?』
「いや、来週は別に……ねえお婆ちゃん? どうして私に用事があるって分かったの? やっぱりいつものやつ?」
説明すると長くなるので端的に。お婆ちゃんには見えているのだ、私のことが。電話越しでも。きっと、隣にいる黒宮さんのことも。
ウチの家系は代々霊感が強い。なんせ巫女の血筋だ。信じられないかもしれないが、それが事実なんだから仕方がない。
『そりゃ分かるじゃろ。優のことだけではなくて、隣にいる男性のこともじゃ。しかしその御仁、やけに『気』が強いのう』
やっぱりそうか。でも、黒宮さんの『気』が強い……?
どういう意味だ?
「お、お婆ちゃん! それってどういう――」
『それも含めて、今後会った時に話すとするわい。とりあえず、優。隣にいるその御仁とのご縁、大切にしなされよ』
「い、いやお婆ちゃん! だからそれ、どういう――」
『今はそんなに気にしなさんな。いずれ分かる。それに、理由なんて知ったところで何も変わらん。それくらい優にだって分かるじゃろが』
「いや、そう言われても……。気になって仕方がないじゃん」
『ふむ。まだ何も気付いておらんということか。では、ひとつだけ言っておくわい。あのな、優――』
隣にいるその人は、優にとって大きな分岐点になる人物かもしれん、と。お婆ちゃんは言った。
「分岐点……」
「なんだよガマガエル。真面目な顔をしやがって。男か?」
「男って彼氏のことですか? いるわけないでしょ! 私はこれまで男子から告白されたこともないしナンパもされたこともないんです! それだけ私はモテないの! 察しろよこのクソ黒宮が!!」
「……お前、可哀想な奴だな」
「ほっといてください! 黒宮さんに言われるとめちゃくちゃ腹が立つんですよ! 何故か!」
「まあ、お前が腹が立つように言葉を選んでるからな」
「選び方間違ってますから! もっと私をレディーとして扱ってください! それで紳士的に振る舞ってください!」
「……そういう性格してるからモテねえんだよガマガエル」
『はっはっはっ。面白い御仁じゃな。とりあえずまた連絡するわい。邪魔しちゃ悪いからのう』
そう言って、お婆ちゃんは一方的に電話を切った。しかし、やっぱり不思議だ。お婆ちゃんは行き当たりばったりで電話をかけてくるような人ではない。一体、何のために私を呼び付けたのだろう。私の頭の中に疑問の渦が巻いた。
「……なあ、ガマガエル。他に用事ができたなら、今度の土日は無理しないでもいいぞ?」
「――大丈夫です」
私は短く、そう返答した。
『隣にいる男性の『気』がやけに強いからのう』
お婆ちゃんが言っていた言葉の意味が分かるかもしれないから。
それに、知りたかった。黒宮さんの『本当』を。
『第13話 一本の電話』
終わり