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「で、本当にいいんだな? 俺の家で」
お婆ちゃんからの電話の方にすっかり意識を持って行かれてしまっていたけど、私は今、黒宮さんの家に向かっているところだった。
「何度も言ってるじゃないですか。全然良いです。大丈夫です。何の問題もありません」
一体何が大丈夫なのかというと、どこで勉強するかどうかについてだ。私としてはファミリーラストランでと考えていたんだけど、よくよく訊いてみると、どうやら黒宮さんはアパートで一人暮らしをしているらしい。
高校生で一人暮らしという事実に頭の上にクエスチョンマークが浮かんだけど、勉強を教えてもらうには最適な場所だと思い、私は希望した。
が、しかし。そのアパートに向かう道中、こうして何度も何度も黒宮さんは確認してきたのである。
「――なあ、ガマガエル。お前、怖くないのか?」
「へ? 何がですか?」
「説明した通り、俺は一人暮らしだ。そこで勉強を教えるとなると二人きりにならざるを得ない。それについて『怖くないのか』って訊いてるんだ」
「いえ、別に。そりゃ幽霊と二人きりとかなら怖いですけど、黒宮さんとですから。怖くも何ともないですよ? え? もしかして黒宮さんって幽霊?」
「んなわけねえだろバカ! 生きてるわ! 俺はそういう意味で言ってるんじゃなくてだな……。まあいい。俺は繰り返し訊いたからな。後はお前の自己責任だ」
どうなっても俺は知らねえからな、と。黒宮さんはそこでこの件に関しての会話に終止符を打ったのであった。
* * *
「ここが、黒宮さんのアパート……」
私がその建物を見て覚えた第一印象は、『ボロッ!』という感じだった。このアパート、一体築何十年くらい経っているんだろう。今にも崩れてしまいそうだ。さすがに失礼だから言わないけど。
「お前今、ボロいアパートだとか思ってるだろ?」
「な、何で分かるんですか!? もしかして黒宮さんってエスパー!?」
「顔に出すぎだ。正直すぎんだよお前は。嘘がつけねえというか。まあ、だからこそ――」
そこまで言葉にしたところで、黒宮さんは黙ってしまった。
『だからこそ』?
なんだろう。すごく気になる。
「あの、それってどういう意味ですか?」
「知るか。とりあえず中に入るぞ」
黒宮さんの部屋はアパートの二階の角部屋だった。にしても、このアパート、ボロいを通り越して、もはやお化け屋敷みたいだ。廃墟に近い。間近で見ると余計にそう思った。
そんなことを考えながら、私はステンレス製の階段を上る。一段一段を上るたびに『カンカン』と音を立てながら。
「とりあえず入れ」
部屋の鍵を開けたところで、黒宮さんは私を招き入れた。ちょっとドキドキする。
考えてみたら、私って男の人の部屋に入るのはこれが初めてだ。男子の友達なんてこれまでいたことがないし。まさに一大イベントだ。いや、勉強を教えてもらうだけなんだけど。
「はい、それじゃ遠慮なく。お邪魔しまーす」
玄関に足を踏み入れたところで目に入ったのは、すごくキレイに整頓された部屋だった。
アパートの外観とは真逆だ。壁やら何やらはボロボロではある。でも、黒宮さんが几帳面な人であることがよくよく分かった。とても狭い家だけど。これが1Kの間取りってやつなんだ。
と、そこまで考えたところで、私の思考はストップした。
いや、ストップ『させられた』。
強制的に。
「え!? く、黒宮さん!? な、何を!?」
ドアを閉め、鍵をかけた刹那。
彼は私の前に回り込み、ドアに向かって力強く右手をドアについて追い詰め、制止させた。
私は今まで、このいわゆる『壁ドン』というものに一種の憧れを感じていた。素敵だなと思っていた。夢でもあった。
だけど、現実は違った。
「考えもなしに、男の一人暮らしの家にのこのこ入ってんじゃねえ。警戒心がなさすぎんだよ、お前は。仮にも女子だろ。警戒心を抱かねえからこういうことになるんだ。これから俺に何をされるのか分かってんのか?」
「え……で、でも、私のことを両生類だとかそんなことを言って――」
「それを真に受けてる時点でおかしいんだよ。両生類だ? んなわけねえだろ。お前は女だ。そして俺は男だ。ちょっと考えれば、こうなることくらい容易に想像できんだろ」
その言葉で、私は一瞬にして恐怖心に支配された。それに、黒宮さんの目付き。今まで私に見せていたそれとは全く違った。鈍い光を宿した鋭い目付き。その目を見た瞬間、私は畏怖の念を抱き、動けなくなってしまった。
足が、震える。
そして、何も考えることができなくなってしまった。頭の中が真っ白になって。初めて恐怖を抱いた。黒宮さんに対して。いや、違う。この恐怖心は全ての男性に対してのものだ。
「どうした? いつもの軽口を叩く余裕もなくなったか?」
そう言葉を吐いた黒宮さんの目は、私の瞳を貫かんばかりにより鋭く、尖鋭なものになった。
そしてやっと理解できた。これから私は乱暴されるんだと。
「や、やめてください……」
「言ったはずだ。『自己責任』だってな。何度も何度も忠告したのに考えもしないで。呆れる程のバカさ加減だ」
言い返す言葉もない。
黒宮さんの言う通りだったから。
私はあまりの恐ろしさからギュッと固く目を瞑る。それから、これから起こることを想像した。先程よりも恐怖心は強まり、より足がすくむ。
そして気配で分かった。黒宮さんが私に迫って来ているのが。
そして――
「痛ッ!!」
「バーカ。誰がお前なんかに手を出すか、このガマガエルが」
食らったのは、本日二度目のデコピンだった。
「どうだ? 少しは学んだか? やりすぎたとは思うが、お前にはこれくらいしないと分からねえと思ってな」
目を開けると、そこにはいつも通りの、私の知っている『黒宮さん』がいた。演技、だったのだろうか。
「え、えっと、黒宮さん? 私に乱暴は……」
「何度も言わせるな。お前になんか手を出すつもりは毛頭ねえよ。それよりもな、もっと警戒しろ。本当にいつか誰かに酷い目に遭わされるかもしれねえぞ」
この言葉を聞き、恐怖心が解けた瞬間、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。全身の力が抜けて。
「こ、怖かった……」
『第14話 黒宮さんの正体【1】』
終わり