いつから、そんな冷たい瞳を向けられるようになったのだろうか。
「それで、アンタは何か言いたいの? グランツ」
元護衛騎士のグランツは、何も言わずじっと私をその冷たくなった温度の感じられない翡翠の瞳で見つめてきた。視線が煩くて、それでいて怖くて耐えられなかった私は、最後にと彼の言葉を聞こうとした。
彼とはもう元主と、元護衛という関係だ。
それでも、攻略キャラであり、彼の好感度が表示されている内は彼を攻略できるのだが、如何せん、彼とは喧嘩しっぱなし見たいな感じで、でもその理由が大抵あっちがへそを曲げているようなものだから、たちが悪い。
それは良いとしても、彼はいつからか私に向ける瞳が変わってしまった。
冷たい時もあれば、情熱的な欲情したようなどろりとした何かを感じるものを向けられるようになった気がする。アルベドと話していればすぐ嫉妬して突っかかってくるような彼。彼に怒りを殺意を向けて。それは、今に始まったことじゃないかも知れないけれど、それがだんだんよりいっそ激しいものになって行っていた気がした。ここ最近は。
「いえ、何も」
「じゃあ、そうやってじっと見ないで。穴が開く」
そう私が言えば、素直にすみませんと言う彼だが、口ではいっているものの全然反省しているようには見えなった。
まだ何かを期待しているような目を私に向けてくる。私はその期待に応えてあげられそうにない。
「…………」
「エトワール様は、何故パートナーにアルベド・レイ公爵を選んだのですか?」
「だから、私が突っ走ってもカバーしてくれる……」
「それなら、俺でもアルバでも良いはずです。それに、魔法が必要であればブリリアント卿を頼れば良い」
「……」
「俺ではダメですか」
やっぱりそうだ。
彼の好感度をちらりと見つつ、前にブライトが大幅に下がったときの事を思い出して変なことを言えば、彼も大幅に下がるんじゃないかと思った。あげたものが下がる感覚はやはりいい気はしない。それに、ここまで積み重ねてきた信頼が崩れるという意味でもあるから、なおのこと。
「はあ……言うと思った」
「エトワール様」
「確かに、ブライトは魔法が使えるしリースを助けるためには魔法も必要になってくると思う。でも、光魔法の魔道士は今この状況で自分の力を名一杯発揮できるとは思わない。この暗闇で、威力は凄く落ちてしまう。差別をするわけじゃないし、あれだけど、そういう面でもアルベドは適任だと思ったの」
「魔法が使えることはそんなに重要なのですか?」
「そういうわけじゃない……けど」
なら。と続けてきそうだったため、私は急いで遮った。
これ以上は本当に面倒臭い。
こんなこと言うのはどうかと思ったけれど、このまま放置したら絶対について来るって言い出すに決まっている。
転移魔法でリースの元まで送ってくれるブライトに迷惑をかけたくないし、彼が来てくれればきっと心強いだろうけども思ったけれど、今回の場合はそうはいかない。
「私はもう決めたの。魔法が使えることが重要とかそう言うんじゃなくて、私は私にしかできないことをしたい」
「エトワール様……」
「アンタは、私の従者じゃない。私の傍にいる理由も、守ってくれる理由もない。私は、私の大事な人達を守りたい。守り抜きたい。それだけよ」
だから、ついてくるなんて言わせない。
トワイライトの騎士になるっていったとき、そういう覚悟を持っていったんだと私は思っていた。だから、少し諦めつつもあった。なのに、どうして私に固執するのだろうか。
理解ができない。
彼はそれでもまだ何か言いたげに、口を開いたが、何を思ってか口を閉じギュッと拳を握っていた。
「アンタはトワイライトの騎士よ。私の命令に従いたいって言うなら、私がいない間トワイライトを守って。勿論、アルバも。私の大切な妹だから」
「は、はい、エトワール様!」
「お姉様」
これで、納得してくれたかな? とグランツを見やると、彼はまだ不満そうな顔をしていた。
何なの、ほんとうに。
そんな顔しても、私はもうアンタを連れて行く気はない。私は、もう決めたんだ。
そもそもに、私はこのクエストで連れて行ける攻略キャラは一人だと思っているし、既にアルベドを選択している。
このままじゃ拉致があかないと呆れていると、ブライトが私の名前を呼んだ。
「エトワール様」
「ブライト、ご、ごめん。その、転移魔法使ってくれるのブライトなのに」
「いえ、その面はお気になさらず。いつでもいけるよう準備しているので、ただ」
「ただ?」
ブライトは少し言いよどんだ後、アルベドの方をちらりと見た。
アルベドは、その視線を受け何だよ。と言いたげにブライトを見ていたが、ブライトはさっと目線を私の方へ戻した。
「少し歩いてもらっても良いですか。勿論、防水魔法はかけさせてもらいますし、案内もします。これから何が起きるか全く予想がつかないので、念のため少しでも魔力を温存しておきたく」
と、ブライトは説明した。
確かに、転移魔法は距離が長ければ長いほど魔力を使う。そういう面では、ブライトのいったとおり皇宮に限りなく近いところまでいった方が魔力の消費は防げるだろう。ただ、今現在、皇宮がどのようになっているかは予想がつかない。だから、近付いたら危ないと言うことも考えられる。まあ、その点ではブライトとアルベドが守ってくれるだろうけど。
「分かった。それじゃあ、行こう」
私たちは、歩き出した。
その途中、グランツが私の名前を呼んだが私は無視した。ここで構えば、また彼は期待してしまうだろうから。突き放すことも重要だと私は思ってしまった。冷たい人間だって事、誰よりも今自分が分かっている。
アルベドはのろのろと私の後ろをついてきており、そっと私の横まで来たブライトが耳打ちをする。
「良いのですか?」
「何が?」
「彼、グランツさんの事ですよ」
「ああ……」
後ろを見れば、まだグランツは私を見ているようだった。
ブライトは心配そうに私とグランツを交互に見ていたが、私は振向くつもりはなかった。ピロロンと好感度下落の音が聞えないところを見れば、彼にさほどダメージは入っていないらしい。まあ、下がったところで……とも思ってしまったけれど。下がるのは嫌だけど、もう仕方ないし、彼は好感度が高い方だから0にまで下がることはないだろう。
ブライトの言葉に対し、私は冷たく返すことしかできなかった。
「良いのよ。私の騎士じゃないし」
他人事ね。
そう心の中で呟きつつ、私達は天幕の外に出る。
「……もし、俺に魔力があれば。彼奴らさえいなければ、エトワール様は俺だけを見てくれる?」
そんなグランツの恐ろしい独り言など私の耳に入ってくることはなかった。
「魔法ってほんと便利……」
「エトワール様、地面がぬかるんでいると思うので気をつけて」
「大丈夫、大丈夫……うわっ」
私が足を滑らせれば、すかさずアルベドが支えてくれた。
彼の腕に抱き留められた私は、慌てて離れる。
別に抱き留められるのは構わないけれど、泥が服に付いてしまうからそれは避けたかった。というのは言い訳で。
「おい、危ねえだろ。気をつけろ」
「ご、ごめんって、なんでそんなに怒ってるのよ」
別に怒ってねえよ。とアルベドは言うとふいっと顔を逸らした。
怒っているのか、若干照れているようにも思えたが、照れる要素などないだろうと私は冷ややかな目を彼に向けた。
「何だよ、その目」
「別に~もしかして、私と行くのいやなんじゃないかって思って」
「今更」
と、アルベドは吐き捨て、鼻で笑った。それは、どっちの意味でなのかと私は聞きたかったが、グッと堪えてもう滑らないようにと自分でも道をてらせるように魔法で灯をつけた。ぽうっと手のひらから仄かな光があふれ出し、道をてらす。
本当に魔法は便利だとつくづく思う。
天幕をでて、数分ぐらいしか経っていないが、雨のせいで視界が悪いというのもあり、また何が起きるか分からないため慎重に私達は歩いていた。魔法で照らしている道も、数メートル先しかてらせず、まだまだ皇宮は見えない。そんなに距離はなかったはずと思っていたのだが……
「アルベドはさ」
「何だよ」
「私はああやっていったけど、本当は如何なの?」
「どうって、何が」
「だから、私はアンタをパートナーに選んだけど、アンタは別に私のことそういう風には思っていないんじゃないかって。寧ろ迷惑してるんじゃないかって……思ったり、して」
私が小さくなって言えば、アルベドは少し考えた後、それでもその考える時間さえいらなかったとでも云うように口を開いた。
「正直嬉しかった半分、腹立った」
「う……」
「いや、別に怒ってるわけじゃねえ。ただそれは……まあ、別にお前に選ばれたこと? お前が俺を必要としてくれてることには嬉しく思ったぜ。俺は、誰にも信頼されてこなかったからな……信じてる何て、必要としてるなんていってくれたのはお前が初めてだ」
アルベドはそこで言葉を切った。
彼の生い立ちや、彼の置かれている状況を思い出せば確かにそうなのかも知れない。闇魔法の使い手であり、光魔法の者からも実の弟から狙われ従者にも命を狙われている彼からしたら、自惚れているわけじゃないけれど、私みたいな計算しなくて良い相手がいるのは楽なのかも知れない。
私が彼を今回必要としたように、彼を信頼しているように、アルベドもまた私のことを少なからず信頼してくれているという事実に、私は少しだけ嬉しくなった。
「あっ!」
「何よ、いきなり大きな声出して」
そうして、良い感じに彼と意見が合致し、皇宮がうっすらと見えてきたところでアルベドが足を止めて声を上げた。
一体何なのだと、彼を睨み付ければ、彼は悪いというような表情を浮べて私に背を向けた。何処に行くのかと、まさかここまで来て逃げる気ではないかと思って手を伸ばしたが、彼はその手を掴んでチュッと手の甲にキスをした。
「うわあああ!」
私は思わず、振り払って、彼にビンタを食らわせてしまい、それに驚いたブライトが大丈夫ですか! と駆け寄ってくる。
「いってぇ……」
「どうかしましたか、エトワール様」
「い、いや、虫、虫が……アハハ、大丈夫だから」
と、何とかごまかしつつ、全ての原因であるアルベドを見た。
彼は自分は何も悪くないとでも言うように、ケロッとした顔をしていたが、思いっきり叩いてしまった為か、ずっと左頬を抑えていた。
「いや、ちょっとな。忘れ物がな」
「忘れ物って、子供じゃあるまいし。何よ。必要なものなの!?」
「ああ、とーっても必要だ」
そんなことを言いつつ、目線はブライトにいっており、何か目配せするようにした後、私の方を見た。
私はクソやろうと心の中で悪態をつきつつも、ついてきてもらうんだしと、アルベドを見送ることにした。雨は絶えず強く降り続けており、この防水魔法もいつきれるか分からないというのに、結構な距離を戻って行ってしまったと、私はため息をついた。足音さえ、聞えなくなりドッと不安に襲われる。
雨の音と、それ以外の静寂に耐えられなくなった私は何か話そうとブライトを見た。彼とこの後のことについて話そうかと、アドバイスをもらえるんじゃないかと振向けば、仄かな光で照らされたブライトの顔は険しく、少し青いようにも思えた。
「ぶ、ブライト如何したの? もしかして、魔力が……」
「全部僕のせいです」
「え……?」
そう、彼の口から放たれた突然の言葉に私は目を丸くし、開いた口が塞がらなかった。
どういう意味なのかと、聞こうとする前に、彼が土下座でもする勢いで顔を歪ませ頭を下げた。
「今回、殿下がこうなったのは、災厄の引き金を作ったのは僕です。全部僕が、僕が弟を殺していれば」
ブライトがいった言葉は雨の音を裂いて痛く響いた。
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