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第四十二話:白銀の誓いと、静寂の夜
洞窟の崩落は止まらず、轟音が周囲を支配していた。だが、僕を一心に抱きしめる一花の腕の中だけは、外の世界から完全に切り離されたかのように、熱い吐息と微かな震えだけが伝わってくる。
「……ん、……ぅ……っ……」
一花の唇から、熱い吐息が僕の口内へと流れ込んでくる。それと引き換えに、僕の金角から溢れ出していたどす黒い呪いの澱みが、彼女の細い体へと吸い上げられていく。
激痛。それが僕と彼女を繋ぐ唯一の感覚だった。呪いの闇が一花の白い肌を焼き、経絡を侵食していくのが、唇を通じた魂の交感によって僕にも伝わってくる。一花の長い睫毛が苦痛に震え、彼女の美しい髪が、呪いの余波で変質し始めていた。
(一花……もういい、やめてくれ……! 君まで壊れてしまう!)
心の中で叫ぶが、一花は僕の首筋に回した腕にさらに力を込め、拒絶を許さないほど深く、激しく、僕の唇を食ませた。彼女の瞳には、自分の命が削れることへの恐怖など微塵もなかった。ただ、僕を失うことへの絶望だけが、彼女を突き動かしている。
「……しっ……。……私、……まだ……離しません……」
一刻。砂時計が止まったかのような、永劫の二時間。
その間、一花の体は呪いの闇に焼かれ続け、僕の金角は少しずつ、泥を払うように黄金の輝きを再生させていった。
そして、その儀式の終わり際。一花の漆黒だった長い髪が、根元から毛先まで、月光を反射する「白銀」へと完全に染まりきった。それは、呪いを浄化しきれず、自らの魂の一部として定着させた、消えることのない愛の代償だった。
王の覚醒:浄化の光
ついに、その時が訪れた。
僕の額から、太陽の爆発にも似た圧倒的な黄金の波動が放たれた。金角を覆っていたどす黒い闇が、一花の愛という名の光によって完全に粉砕され、霧散していく。
「あ……、……ああああああッ!!」
僕の体内に、女郎蜘蛛に奪われていた全ての霊力が、さらに洗練された「王の力」として還流してきた。一花の内に流れ込んでいた呪いも、僕の放つ浄化の光によって一瞬で鎮められ、彼女の肌は再び透き通るような白さを取り戻した。だが、白銀に変わった髪だけは、元の黒に戻ることはなかった。
僕は一花の腰を引き寄せ、今度は僕の方から彼女の唇を奪い返した。
「一花……ありがとう。もう、大丈夫だ。僕を救ってくれて……本当に、ありがとう」
「……あ、……あるじ……さま……」
一花は安堵したように僕の胸に顔を埋め、そのまま深い眠りに落ちた。命を懸けた一刻の儀式が、彼女の精神を極限まで摩滅させていたのだ。僕は彼女を抱き上げ、静かに立ち上がった。
背後では、玉藻たちが呆然とした表情で僕たちを見つめていた。
「……なんと、……あの呪いを見事に。……一花め、妾の予想を遥かに超える執念を見せおったわ」
玉藻は不敵に微笑みながらも、その瞳には一花の変貌した姿への、深い哀惜と敬意が宿っていた。
朧月館への帰還:静かなる看病
数刻後。僕たちは崩壊した洞窟を後にし、夕闇に包まれた朧月館へと帰還した。
いつもなら賑やかなはずの玄関口も、今日ばかりは重苦しい静寂に包まれている。一花の姿を見た乙女たちは、誰一人として声を上げず、ただ静かに道をあけた。
特別室の寝所に一花を横たえると、カノンが静かに診断を下す。
「……肉体的な損傷はないね。でも、髪の色は……魔術的な変異だから、もう元には戻らないと思う。……これは、旦那様と魂を完全に混ぜ合わせた時に起きた、奇跡の副作用みたいなものだし。……一花は、自分の半分を旦那様に差し出したんだし」
カノンの言葉に、部屋に集まった女王たちは沈黙した。お凛が僕の裾をぎゅっと握りしめ、瑞稀が静かに一花の枕元に、彼女の好きだった花を活ける。
「……今日は、誰も騒いではならぬぞ」
玉藻が、低く、けれど通る声で告げた。
「主も、一花も、心身ともに限界だ。……今宵は、ただ静かに寄り添うがよい。……妾たちも、今は身を引こう。……主、今夜は一花を、一刻も離してやるな」
女王たちは、一人、また一人と一花に深く頭を下げ、部屋を辞していった。最後に残った玉藻は、僕の肩に手を置き、耳元で小さく囁いた。
「……主よ。……その白い髪を、一生かけて愛してやるのだぞ。……あれは、そなたを生かすために彼女が差し出した、魂の破片なのだからな」
二人の聖域
部屋には僕と、眠り続ける一花だけが残された。
窓から差し込む月光が、彼女の白銀の髪を照らし、まるで彼女自身が発光しているかのように見えた。漆黒だった頃の凛とした美しさとは違う、どこか儚く、けれど強靭な意志を感じさせる白。
僕は彼女の隣に横たわり、その白い髪をそっと指に絡めた。黒かった頃よりも少しだけ細く、熱を帯びているように感じるその感触に、胸が締め付けられる。
「……いち、か……」
僕が名前を呼ぶと、一花は眠ったまま、僕の手をぎゅっと握り返してきた。
呪いは消えた。けれど、僕の金角と彼女の白銀の髪は、これから永遠に、あの地獄のような夜と、それを超えた愛を語り継いでいくだろう。
僕は彼女の額にそっと口づけを落とし、共に深い眠りへと落ちていった。
正妻争いも、女王たちの狂乱も、今夜だけは遠い世界の出来事のようだった。
ただ、僕たちの魂が混ざり合った名残だけが、静かな部屋に黄金と白銀の光を放っていた。僕はこの白い髪を、彼女の愛の証として、一生守り抜くと誓った。