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乗り越えた悲しみの数だけ、人は誰かに優しくなれる。昔、そんな話を聞いたことがある。
けれど、その優しさを私に求めてくる人がいなければ、それはただの「親切」に姿を変えるだけなんじゃないか、とも思う。
やっぱり私にとっての「優しい」は、親しい人に、好きな人に、向けたいものだ。
「つまり、私にとって大切な人は、裏を返せば、私の悲しみの数を知ることになるのかもしれない」
それって、相手にとって本当に良いことなのだろうか。
降りしきる雨の中、傘をさして歩いていると、目の前に素敵な人が現れた。
その人は、いつも私に優しい。どうして、こんなに優しくしてくれるのだろう。もしかしたら、私のことが好きなのかもしれない。
きっと、そうだ。
でも、困ってしまう。私は、この人のことをそこまで好きではない。
確かに素敵な人だし、確かにしっかりしている。それでも、私は一歩踏み込めない。
「子供みたいに、無邪気に水たまりに飛び込めない」
飛び込んだら、そのあとどうなるかを知っているからだ。
子供は考えない。水びたしになって、母親に叱られるまでがワンセットだとしても、きっと、迷わず飛び込む。
でも私は、できない。もう、大人だから。
年を取ると、人はずるくなる。振られたくない、というずるさが生まれる。
そのずるさが、時間だけを引き延ばして、一年、二年と過ぎていく。
一緒に遊びに行くのも、飲みに行くのも、映画を見るのも、何の抵抗もない。
過ごす時間が増えて、周りは次々に誰かを見つけていく。
自分では焦っているつもりはないのに、周りから、こう言われる。
「あなた、○○さんと仲いいけど、この先どうするの?」
それは、こっちが聞きたい。
どうしたいのか、分からないから迷っている。迷っているから、せめてその時が来たら、
一番優しくなれるように。
私は今日も「付き合っている振りをして、悲しみを予約している」