第10話:雪がやんだ日
朝、誰もが気づいた。
――雪が、止んでいた。
重たい風の音も、舞い続けていた白も、何もなかった。
空がうっすらと灰青く透けて、山の影がはっきり見えた。
「……こんなに静かなの、初めて」
マシロ・カナ(15)はつぶやいた。
白いパーカーのフードを上げ、冷え切った手を胸に当てた。
弟・ソウタ(7)は無言で手を握り返していた。
二人の隣には、父・タカユキ(40)と母・ユミ(38)。
家族がそろって、初めてこの雪山に“立っている”気がした。
その時、ライオン像が動いた。
いや、“何か”が変わった。
雪に埋もれたままの石像。
崩れた首、割れた頬、灯りを失った片目――
だが、残された片方の目が、再び光った。
はっきりと、青く。揺らがずに。
そして、声が響いた。
「もう……おわらせて……くれ……」
「なかへ……はいれ……」
その瞬間、山の中腹が開いた。
昨日発見された金属扉が、ゆっくりとせり上がるように開き、
奥へと続く螺旋の通路が現れた。
「……呼ばれてる」
カナが言うと、ソウタも頷いた。
「ねえ、お姉ちゃんだけじゃ行かせないよ」
ユミがカナの腕を掴んだ。「ダメ。あなたたちが行く必要なんて……」
「違う、ママ。
これは、私たち“家族”で行くってことなんだと思う」
ライオン像が、首を傾けた。
微かに、家族を見送るように。
マシロ家が通路に近づくと、
他の小屋――ハート家、ゲブレ家、ノボトフ家、そして無人のアルメイダ家――
それぞれの扉が音を立てて凍結した。
ガシャン、ガシャン……と金属が締まり、
冷気が包み込むように小屋を閉じ込めていく。
キブルは、小屋の中からそれを見ていた。
「そうか……お前たちが“選ばれた”んだな」
彼の瞳には、悲しみではなく、安堵が浮かんでいた。
ライオン像の目が最後に輝きを放った。
それは、雪よりもやわらかく、
光よりも静かな――**祈りのような“許可”**だった。
カナは最後に、雪の中に立つ像を振り返った。
そこにあったのは、
もう“命令する機械”ではなく、
ただ、終わりを願う、石のような存在だった。
そして彼女たちは、中へと降りていった。
誰もいない地下。
その奥に、“選定の機構”が眠っている。
そして、決断を待っている。
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