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「へぇー!マジっすか!俺もその監督の作品、全部見てます!」
「だよね!あの戦闘シーンの作画、ヤバくない!?」
テレビ局の広いメイクルーム。隅の方で、佐久間大介が今日共演した若手俳優と、目をキラキラさせながらアニメの話で盛り上がっていた。年の近い二人はすぐに意気投合したらしく、周りを気にせず自分たちの世界に没頭している。
その光景を、少し離れたソファから、阿部亮平は平静を装って眺めていた。手元には開かれたままの参考書。しかし、その文字は一行も頭に入ってこない。
(…すごいな、佐久間のコミュニケーション能力って。誰とでもすぐに打ち解けられるから…すばらしいよな…)
頭では、そう分析する。ロジカルに、客観的に。
でも、胸のあたりが、なんだかモヤモヤする。さっきから、佐久間と彼が笑い合うたびに、そのモヤモヤがちりちりと音を立てるような気さえした。
(なにこの感情…別に、俺が邪魔をする権利はないし、佐久間が楽しそうで何よりじゃないか。うん、そうだ。問題ない)
自己完結しようとすればするほど、無意識に眉間に皺が寄っていく。集中できないのは、きっとこの部屋が少し騒がしいからだ。そうに違いない。阿部は自分にそう言い聞かせ、無理やり参考書に視線を戻した。
しばらくして、若手俳優が「お疲れ様でした!」と帰っていくと、さっきまでの熱量をそのままに、佐久間が阿部の方へタタタッと駆け寄ってきた。
「あべちゃーん!聞いた!?今の!俺、今度あの子とアニメ鑑賞会することになった!」
満面の笑みで報告してくる佐久間に、阿部は練習したかのように完璧な笑顔を返す。
「へぇ、よかったね。楽しそうで何よりだよ」
「だろー!?いやー、趣味が合う友達ができるって最高だ…って、ん?」
ピタ、と佐久間の言葉が止まる。そして、じーっと阿部の顔を覗き込んできた。
「…阿部ちゃん、なんか怒ってる?」
「え?怒ってないよ?なんで?」
心臓が、少しだけドキリとした。
佐久間は、こてん、と首を傾げる。その動物的な勘の鋭さには、いつも敵わない。
「だって、なんか顔が『むすーっ』てしてる。俺が阿部ちゃんのプリン勝手に食べた時と同じ顔してるもん」
「してない。気のせいだよ。僕はただ、次のクイズの構成を考えていただけだ」
あくまで冷静に、論理的に返答する。しかし、佐久間は納得していないようだった。彼はさらにぐっと顔を近づけ、阿部の頬を人差し指でぷに、と突いた。
「うそだー。絶対なんかある」
「…ないってば」
「…あ!」
何かを閃いたように、佐久間がポンと手を打つ。そして、悪戯っぽくニシシ、と笑った。
「もしかして…やきもち妬いてるんでしょ?」
それは、問いかけのようで、確信に満ちた言葉だった。
その瞬間、阿部の脳内で組み立てられていた全ての論理回路が、ショートした。
「なっ…!?」
否定の言葉が出てこない。ただ、顔にぶわっと熱が集まっていくのが分かる。
その反応を見て、佐久間は「図星だー!」と嬉しそうに笑った。怒るでもなく、呆れるでもなく、ただただ、嬉しそうに。
「なんだよー、阿部ちゃん可愛いとこあるじゃん!」
「…かわいくない…」
「いーや、可愛い!俺が他の子と仲良くしてるのが、寂しかったんでしょ?」
ぐりぐりと頭を押し付けてくる佐久間に、阿部はもう降参するしかなかった。この感情は、「嫉妬」というらしい。なるほど、参考書には載っていなかったな、なんて場違いなことを考える。
「…でもさ」
不意に、佐久間が真面目なトーンで言う。
「俺にとっての一番は、阿部ちゃんだから。それは絶対変わんないよ」
それは、あまりにも真っ直ぐで、温かい告白だった。
「……っ、」
今度こそ、阿部は言葉を失う。
胸のモヤモヤは、いつの間にか消え去っていた。その代わりに、心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
「…ほんと、佐久間には、敵わないな…」
熱くなった顔を隠すように、阿部は手元の参考書をぱたりと閉じた。その耳まで真っ赤になっているのを、佐久間が嬉しそうに見つめていることには、まだ気づかないふりをして。